【連載小説】ライトブルー・バード<19>sideサトシ⑤
前回までのお話です↓
そして登場人物の紹介はコチラ↓
「…オッス」
朝練の集合場所である体育館。そこに現れた井原サトシからは、明らかに不機嫌なオーラが漂っていた。
「…オ、オッス」
メンバー全員の表情が軽くひきつる。
「八つ当たりなんかしねーから心配すんな。ちょっとナルミとバトルしてきただけだから」
1歳上の姉、ナルミに思い切り腹パンチされて起こされたことから、すさまじい姉弟喧嘩が始まり、結局もう一発、拳を頬に食らってしまったサトシ。寝起きの丸腰状態だったからとはいえ、やはりナルミの強さは異常だと思う。
「あぁ、『姉上様』か…。俺はてっきりサトシが『あの噂』を知っちゃったからイライラしてたんだと思って…」
メンバーの暴走しかけたトークに、周りが「オイッ!」と制止する。
「『あの噂』? ねぇ、どの噂?」
口角が上がってはいるものの、目は全く笑っていないサトシ。出来れば朝練前に知って欲しくはなかった…と願っていたメンバー達だったが、彼らには『答える』という選択肢しか残されていなかった。
「お前と山田さんのことだよ」
「はっ? 俺とカエデ? ナニソレ?」
今が『黒サトシ』モードでよかった。しれっとした顔で返事したものの、心の奥底でビックリしている『白サトシ』がいる。
「実は…お前達が『偽装カップル』なんじゃないかって」
(えっ? えっ? えーーーーーーーっ!? 何で!? 何でバレてんの!? ちょっと…いや、めちゃくちゃヤバくない!?)
『白サトシ』がご乱心だ。そんな時でも平静を装っている『黒サトシ』の鉄仮面ぶりには、自分でも感心してしまう。
「なあ、笑っていい? 俺、マジで意味分かんねーんだけど」
「…風の噂だけど、実はお前に『本命』がいて、ソイツとは付き合えないから、山田さんでカモフラージュしている…って聞いているぞ」
「『俺に』?」
「そう、『お前に』」
本命がいるのはカエデの方だ。そして自分は小3からカエデを想う気持ちに変わりはない。
ますます意味が解らなくなってきた。
「…で、誰なの? 俺の『付き合いたくても付き合えない本命』は?」
アホらしくてしょうがないが、ここまできたら、確認するしかないだろう。
「聞かない方が身のためだぞ」
「オイオイ、今更『はい、そうですか』なんて言えますかあ!?」
「わかったよ…。でもサトシ…俺は違うって思っているからな」
「だ・か・ら! 早く言えや!!」
「7組の…星名…リュウヘイ」
「………」
サトシの目が点になる。
そして…、、、、、、、
「な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
『黒サトシ』と『白サトシ』の声が見事に重なった。
「ねぇ知ってる? 世の中にはね…言っていい冗談と悪い冗談があるんだよ♥️ よりによってBL!? しかも相手はあのバカ!?」
そう言いながら、サトシはリュウヘイの名前を口にしたメンバーの頬をつねる。
確かに自分とカエデの間には、リュウヘイがいる。しかし矢印の出所と行き先が全く違うのだ。
「い、いて~よ、サトシ!」
「ついでに言うと俺、『風の噂』って言葉も嫌いなんだよねー。ナニアレ? 自分の言動に責任持てないヤツが使う逃げ口実なの?…」
「い、いや、俺はクラスの女子が話しているのを通りすがりに聞いただけだから!!」
解放されたメンバーは、口を尖らせながら、自分の頬をさする。
「でもよ、サトシ」
他のメンバーが割って入る。
「あっ?」
「実は俺、具体的な目撃情報を聞いたんだぜ。お前と星名がイチャイチャしていたっていう…」
「事実無根だわっ!!」
冗談抜きで背筋が寒くなってきた。
「サトシぃ、3日前に星名と自販機前のベンチで親密そうに話をしていたのは本当か?」
「しん…みつ?」
すぐに思い出した。正々堂々と勝負する為、リュウヘイにカエデとの関係をネタばらしをした時のことだ。
もっともリュウヘイは今泉マナカに惚れているので『勝負』という表現は微妙なのだが、カエデがヤツに片思いしている以上、事実を告げないワケにはいかない。
「そん時にお前が星名に『小3の頃から好きだった』って言ってて…」
(『カエデを』だよ!! カ・エ・デを!!)
「…で、星名が『ありがとう』って返事していたって」
(『カエデを守ってくれて』ありがとうって意味だわっ!! 何、都合のいい部分だけチョイスして盗み聞きしてんだよ!?)
寒かった背筋はどこへやら…。今度はやり場のない怒りで脳内が沸騰しそうだ。
「そんで、とうとうお前らがじゃれ合い始めたと…」
(リュウヘイが『カエデの寝顔見た』…って言うから、ちょっとあのバカをシメたんだよっ!!…オイオイ、この学校リュウヘイ以上のバカが多すぎじゃね?)
サトシは頭を抱える。
「…でサトシ、真相はどうなんだ?」
「どーもこーもねーわ!! 最初に噂流したヤツ誰なんだ!? シメてやるから連れて来い!! オンナなら説教、オトコなら一発ぶん殴るっ!!」
「サ、サトシぃぃぃぃぃ!! 落ち着けぇぇぇぇ!!!!」
自分史上最悪のコンディションに陥ってしまったサトシ。その為、この直後に始まった朝練では、ありえないほどのミスを連発してしまった。
(な、なんて日だよ! 今日は!!)
「井原…なんか大丈夫? やっぱりあの噂聞いちゃたんだね?」
昼休み…。いつもと違うサトシの様子に気がついた平塚メイが、今泉マナカと一緒に心配そうな顔でサトシの席にやって来た。
「大丈夫じゃねーよ。コレ何かの罰ゲーム? 俺、そこまで日頃の行いが悪かったっけ…?」
「井原くん、元気出して。『人の噂も75日』って言うし…」
「世の中にはな、75日耐えられる噂と耐えらんねー噂があるんだよ…」
そんなサトシの目は死んでいる。
「井原…、いずれ分かっちゃうことだから言っちゃうね。実は…一部の女子の間では、井原と星名くんが…そのぉ…既に噂になっていたらしいんだ」
「はっ? 何でっ!?」
椅子にだらんと座っていたサトシの身体がビクッと反応した。
「えっとね、今、じわじわ話題になっているBL漫画があるんだけど、主役の2人が井原と星名くんに似ているんだよね」
「はぁぁぁぁぁ!?」
リュウヘイとの『BL疑惑』の噂だけでもお腹いっぱいなのに、次は漫画だと!!??
もはや食あたりのレベルだ。
「井原…これ」
メイは自分のスマホ画面をサトシに向ける。『近すぎて遠い君へ』というタイトルのWeb漫画表紙には、少年2人が描かれていた。
(…に、似ている)
変な汗が出てきたサトシ。背の高いキャラクターは自分に、そして小柄なキャラクターはリュウヘイにそっくりだ。
しかし、意地でも認めるワケにはいかない!!
「お、俺は全然だけど、こっちのチビキャラはリュウヘイに似ているな。こ、この口の両端にある『牙』なんか特に…」
サトシはひきつりながら、小柄なキャラクターの八重歯を指差す。マナカとメイの視線が、『いやいや、アナタの方もそっくりだよ』と言っているような気がするが、そこはしっかりスルーした。
「作者は『るなP』さんっていうアマチュア漫画家なんだけど、素性はよく分からないみたい」
「へ、へぇ~。…ところでお前らもBL漫画とか読むんだ?」
「う~ん、私はBL苦手だけど、これはそこまで過激じゃないし、そもそもストーリーが綺麗なんだよね」
「私もメイちゃんと同じで、今まで敬遠してたけど、勧められて読んだら、ちょっと感動しちゃった。『サトル』と『リュウイチ』のお互いを想う気持ちに…」
(さ、『サトル』と『リュウイチ』!?)
名前まで似ている。しかも『幼なじみ』という設定らしい。
恐ろしすぎて漫画のページを進めることはできなかったが、今現在、自分がどんな立場なのかを理解することはできた。
学校では常に注目されているサトシなので、事実とかけ離れた噂や心ない中傷も過去にはあった。しかし、ここまでぶっ飛んだ状況は初めてだ。
『近すぎて遠い君へ』の表紙が何度も頭にちらつき、おかしくなりそうだった。
(…勘弁してくれぇ)
午後の授業を経て、帰りのホームルームを終えると、サトシは帰り支度をして2年6組の教室へ向かった。本日は教員側の都合で放課後の部活が休み。マジで命拾いしたと思っている。
「カエデ!!」
教室から出てきた山田カエデにサトシは声をかけた。
「サトシ?」
「一緒に帰るぞ!!…い、いや…」
「?」
「一緒に…帰って…下さい」
「サトシ…大丈夫? なんか壊れかけているよ」
憔悴しきったサトシを見て、ただただ目を丸くするカエデだった。
サトシとカエデは連れ立ってバス停へと向かっていた。
「『人の噂も75日』っていうし…」
カエデはサトシの背中を、ポンポンと優しく叩く。
「だから75日は長すぎだよね? …あ、それとお前の方は大丈夫か?」
「うん。ナナエが大げさに面白がってはいたけど、あの子…前ほどの影響力はないから…。私は平気」
「…そっか、よかった」
「…ねぇサトシ…私、思うんだけどね…」
カエデが何かを言いかけたが、サトシの「あーーっ!!」という声に遮られる。彼の視線の先にあるのはバス停のベンチ。そこにはもう一人の『噂の人物』である星名リュウヘイが座っていた。
「…リュウヘイ」
リュウヘイもこちら側に気がつく。その瞬間、彼はおぞましいものでも見るような視線をサトシに向けた。リュウヘイの方も、あの噂のせいで散々な目に遭ったのが嫌でも伝わってくる。
「オイ、リュウヘイ!!」
そんなリュウヘイに、サトシはガンを飛ばしながら早足で近づく…。
「何だよサトシ!!」
勿論、リュウヘイも負けてはいない。
「リュウヘイ、オマエさっさと整形しろ! でなきゃ今すぐ、その『牙』抜け!! 俺がここで引っこ抜いてもいいんだぞ!? オマエが漫画みてーな顔しているせいで、俺は今日1日、ロクなことがなかったわっ!!」
「はぁ!? 何で俺ばっかりに強制するんだよ! やっぱ『イケメンイケメン』言われているから、自分のルックスが惜しいんだろっ!? この『ムッツリナルシスト』がっ!! 大体な!! あのBL漫画…、俺は全然似てねーけど、もう一人のカッコつけてるデカイヤツは、まんまサトシだろーがっ!!」
「何だと、この『ちびっこバンパイア』!! オマエはココアばっかり飲んでねーで、牛乳飲んで明日までに身長伸ばせ!!」
「家で毎日飲んでるわっ!! どさくさに紛れて身長マウントしてんじゃねーよ。小5までミルメーク無しで牛乳飲めなかったのは、サトシ! オマエだろっ!! それなのに『昔からブラックコーヒー飲んでますが何か?』みたいな顔しやがって!!」
「どんな顔だよ!? だったらリュウヘイなんか、ココアどころか、『緑茶にスティックシュガー入れる顔』しているわっ!! 大体オマエだってニンジンが苦手だったから、俺がおかず当番の時は、極力ニンジン抜いてやっただろうがっ!! その恩を忘れてんじゃねーよ!!」
「ふっ…2人とも、何で今…給食の話?」
サトシとリュウヘイの『舌戦』は、どんどんヒートアップ!
「サトシの『カルシウム欠乏野郎』!! だからオマエは怒りっぽいんだよっ!!」
「何だとっ!? この『主成分砂糖野郎』!!」
もはや小学生男子の喧嘩だ。最初はそんな2人を呆気にとられて見ていたカエデだったが、だんだんと口元が緩み始めてきた。
「アハハハハ!!」
そして大爆笑。
「えっ?」
「えっ?」
男子2人の動きが止まる。視線の先にいるカエデは、笑いすぎて涙が出ていた。もしもここが屋内であれば、彼女はひっくり返ってお腹を抱えていたに違いない。
「…わ、笑っちゃってごめん…ハハハ…、でも…我慢できなくて…アハハ…も、もうダメ…私…笑いすぎてお腹が痛くなりそう…アハハハハハ…」
「………」
カエデがこんなに笑う姿を見たのは、本当に久しぶりだ。多分リュウヘイも同じことを思っているはず…。
2年生になってからの彼女は、あまり笑っていなかったと思う。女子の問題とか、色々あったから…。勿論、全然笑っていなかったワケではないが、その笑顔には何となく『影』を感じていた。
それなのに…。
サトシの心がふっと軽くなる。
(もしかして今日は…そこまで悪い日じゃないかもしれない)
バスに乗りこんだ3人は、カエデを真ん中にして一番後ろの席に座った。
「3人で帰るのって、いつ以来だろうね?」
嬉しそうなカエデ。素っ気なく「おう」とたけ答えたサトシだが、その言葉に何とも言えないくすぐったさを感じていた。
「さっき言いかけてた話の続きなんだけど…」
バスを降りて歩き始めた時、カエデが思い出したように口を開く…。
「ん?」
「サトシとリュウヘイのこと…、本気で信じている人なんて、ほとんどいないと思うの。特に女の子は、同性の私にサトシを取られるくらいなら、リュウヘイに取られた方がマシだから信じちゃえ…って心理じゃないかな?」
「いやいや、俺は頼まれてもサトシなんて取らねーから」
「俺だって頼むからやめて欲しいからっ!!」
「…だからこんな噂、75日どころか、7日も持たないよ。きっと…」
カエデはにっこりと笑う。そして「個人的には面白かったけどネ」と言って、舌をペロッと出した。
苦笑いをするサトシとリュウヘイ…。
「おーーーいっ!! みんなぁ!!」
突然、3人の背後から声が聞こえた。振り向くと、違う学校の制服を着た女子が、こっちへ向かって駆けて来ている。
「あ、ナルミちゃん!」
「ゲッ!! ナルミ」
「やっと追い付いた。一緒に帰ろ♥️」
井原ナルミは弟のサトシと同じ顔をしている美少女だ。2人が並んでいるのを見ると、やはりサトシは『女顔』なんだな…とつくづく思うカエデとリュウヘイ…。
ただし、これは井原姉弟にとっては『地雷』なので、間違っても口に出すことはできない。
「ナルミちゃん久しぶり。進路決まったんだってね? ウチのお母さんが言ってたよ。おめでとう!」
「ありがとう、カエデちゃん。うん、東京にあるデザインの専門学校に行くんだ。だから4月からは一人暮らし…」
「うるせーメスゴリラが家からいなくなって、せーせーするわっ!」
「サトシ! 『おねーさま』に向かって、なんて口聞いてんだよっ!」
その言葉が終わるや否や、ナルミの左足がサトシの太ももに命中した。
「い、いってぇ!!」
「サトシ、忘れたの? 私、サッカー部のエースと3週間付き合っていたんだよ」
「だ・か・らぁ! フツーのオンナは歴代彼氏からスキルなんか習得しねーって言ってるだろーが!! そして交際期間短かっ!! あと全世界のサッカーファンに謝れっ!!! あーっ!! もうツッコミが追いつかねぇ!!!」
頭を抱えるサトシ。
「ナルミちゃん、俺は寂しいな」
リュウヘイがナルミに笑顔を向ける。
「リュウヘイくん! ホント!?」
「うん、だってナルミちゃん優しいし…」
サトシが『意義あり!』を全力で唱えたが、当然ナルミはスルー。そして「だから、リュウヘイくん可愛い❤️ 大好き❤️」と言って、リュウヘイの右腕に自分の両腕を絡ませた。
しかし…、
「あれっ?」
ナルミは首を傾げて、一端リュウヘイから離れた。そのあと、まるでチェックでもするかのように、リュウヘイの腕を触りまくる。
「ど、どうしたのナルミちゃん?」
「リュウヘイくん、腕にずいぶんと…筋肉がついたねぇ」
「あ、ファストフード店のバイトで重いモノ持っているせいかな?」
「えーっ! やだなぁ、これからも可愛いリュウヘイくんでいて欲しいよー」
「ナルミちゃん、俺だって男だよ。少しはたくましくなりたいよ」
「ケッ! ナルミの『ショタコン』がっ!」
暴言を吐いたサトシに、姉から2回目の蹴りが入ったことは、言うまでもない…。
その夜…
ここは井原家、そしてナルミの部屋。
彼女はパソコンに向かって、必死に作業をしていた。
「あーあ、リュウヘイくん、どんどん大人になっていくのが寂しいな。…でもウチの『リュウイチ』は永遠に可愛い少年だからネ♥️ …それにしてもサトシのヤツ…マジで生意気!…よーしっ! 次の話では『サトル』に試練を与えちゃおう」
彼女は独り言を言いながら、どんどんコマを埋めている。
そして約2時間経過…、
「できた!!」
満足げな顔で『自分の作品』をチェックするナルミ…。
「よーし!『近すぎて遠い君』最新話、更新♥️」
井原ナルミ…又の名をアマチュア漫画家『るなP』。彼女の正体は、家族さえも知らない。…と、いうことで、自分の隣の部屋で世にも恐ろしい作業が行われていることをサトシは知らない。
ついでに言うと、この最新話がファンの間で『神回』と評価され、サトシとリュウヘイの噂が暫くの間、下火にならないことを彼らは知らない…。
〈20〉↓に続く
そしてサトシとリュウヘイ『BL疑惑』の真相はコチラ↓