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手放すことを選択する~大切だった習慣をやめた日~

日記を書くのをやめた。
自ら選択して手放そうと決めたのは、これが初めてだった。

日記を書き始めたのは、自己啓発本に触発されたから。それが去年の5月だから、1年強は毎日日記を付けていた。
それまでも日記には何度か挑戦したけれど、3日と続かなかった。
良い文章、ちゃんとした文章を書かなければいけないと感じていて、うまく書くにはどうすれば……と結局「うまく書く」という概念にとらわれて日記が書けなかった。

誰かに見せる訳でもないのにね。

ヘタでもいいんだ、書きたいことをただ書けばよいのかと、そう気付くとスッと気持ちが楽になり、書ける気がした。お気に入りの日記帳(業務日誌だったけど、茶色い革のカバーでカッコイイ)を買い、早速書き始めた。

月初とかキリのいい日ではなく、中途半端な日から突然始めた。
それもまた、自分らしくていいじゃないか。

上手く書こう、長く書こうという気は全くなくて、ただただ、その日にあった出来事を箇条書きにすることにした。わざと短く書くように、5つの項目に分けた。
今日食べたもの、良かった出来事、嫌だった出来事、読んだ本、購入した物の5項目を毎日毎日ただただ書きなぐる。落ち着いて書く日は丁寧な字で書いているし、心が荒れている日は字も汚かった。

日記の効果は絶大だった。
特に『嫌だった出来事』の項目は大きな効果を見せた。自分がどの出来事でむしゃくしゃしたのか、何を悲しいと感じているのか、気持ちの整理をつけて行くきっかけになった。

なんかムカつく、ただただ悲しい、嬉しい、楽しい、食べ過ぎた気がする、今日は買い物し過ぎた気がするけどまぁいっか。これらの感情がクリアになっていく感覚があった。
まぁ、そもそもがテキトー過ぎるな人間なのだけれど(笑)、日記を書き始めてからは少し生活も感情も正された。

日記を書き始めて購入欄を作ったことで、自分がどれほど無駄遣いしているかを客観的に見られるようになった。ただ、無駄遣いをやめて貯金にするのではなく、自己投資しようとライティングのゼミに参加したり、ボイトレに行ったり、ファスティング用のドリンクを買ってみたり、毎月整体に行くことを決めたりと、必要な所へお金をかけられるようになった。
読書も月におおよそ何冊、自分が読んでいるのかが分かったし、食べすぎな毎日も是正することが出来た。

こういうとすごくきちっとした日記のように思われるかもしれないけれど、本当に殴り書きの、日記と呼んで良いのかどうかすら分からないような代物なのだ。他の人が見ても、きっと解読できない程に。

けれど、自己分析するための項目、改善したい項目に絞って書いたことで、続けられたし、自らを見つめ直すきっかけになった。
だから、これから日記付けようかなと思っている人には是非おすすめしたい。

と日記をオススメしながらなんだが、私は日記の習慣を手放すことを決断をした。
心のどこかで不安はある。また、自分のことを客観的に見られない、グダグダな日々に戻ってしまうのではないかと。

日記を書くことに違和感を持ち始めたのはnoteを毎日更新し始めた頃で、初めは更新に時間を取られて両立が難しくなったこともある。次第に慣れて両方続けられそうだとは思ったのだけれど、でも何だか書くことに違和感が出始めた。

noteで日々書いていることと、日記に書いていることはもちろん違う。人に見られるのと、見られないのと。両立すべきだと思う自分もいるのだけれど、何だか違う。
一つ一つの項目を見直してみた。

食べたものを記録する欄
これはもう必要なかった。毎日1.5食を続けているから、食べ過ぎることはほぼないし、目標までは-1kgで止まっているけれど、そこで安定していることに満足し始めた。それに、もう一度ファスティングをすれば達成できるだろうし、あまり気にしていない自分もいる。

良かったこと、嫌だったことの欄
書くべきことはnoteに書いてしまっている。それ以上に感情を左右することも確かにあるのだけれど、それは過去の日記に書かれていて、あまり新たな発見はなさそう。新たに発見するほど、重要な出来事があるとすれば、きっとnoteに書いてしまう。(ただ、自分が気付かないような小さな程の整理として書くべきか、多少迷った項目ではある)

読書欄
毎月読む量を気にしていたけれど、読むのが好きだから結局好きな本は大量に読んでしまう。それよりも、今まで読んだことのない分野を量関係なくじっくり読んでみようと少し読書の方向性を変えているから、日々の記録を残すほどではないかと思い始めた。得た知識はnoteを通して形にすればいい。

購入欄
これも実は日記をつけたことによって無駄遣いをやめるきっかけになったから、重宝していたのだけれど、最近は資金管理を給料日にして、1か月ごとに使う金額を決めるようにしたから、日記に書く必要性がなくなった。

ということで、日記を書き続ける必要性はないと判断してしまった。
手放してみようと、結局やり始めたことを続けることで縛られると感じるのであれば自分を解放してみようと感じた。その時間、noteに何を書くか考える時間に充てればいい。読書の時間に充てればいい。

何度も言うが、日記の効果はかなり大きい。
だから、やめてみて、また自分の生活が緩くなるなら再開すればいい。
でも、noteを毎日書いていれば、その必要性は今のところなさそうだ。

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