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like a letter #4

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最終回が嫌いである
終わらせたくない気持ちが勝り
たまに本当に見ないまま放置してしまうことがある。

せっかくある世界の中に身を浸していたのに、
最終回というのはそこからでなくてはいけない
終わりたくないなぁという気持ちがある

ドラマではないけれど
映画『ラストマイル』の終わり方は良かった。

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世の中はどんどん便利になり、
昔みたいに簡単にアドベンチャーできない部分がある。
Googleが世界を覆い、どこに行ってもwhere am Iに即答。
知らないことの中に身を浸す楽しさを欲する時もある。

適度に知らない中に飛び込んで
未知だったことを既知していく
不安だったことを安心にしていく
そういう中で人は進化や成長、拡大を実感する

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自炊と運動をちゃんとしたいなという思いから
自炊をしてジムに通う。

シチューを作ってやった
シチューだなんて
作るのどれくらいぶりだろう

シチューだぞ
シチュー
カレーではなく
シチュー

シチューという料理が持つ多幸感
カレーより上位という言うつもりはない
カレーは偉大である
しかしシチューの最終兵器感
いや秘密兵器感。

あぁシチューがあったか
と言う存在なのであるシチューは

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写真集を買う
山上さんのエピファニー
上田さんのA dream
写真集を買ったらスタジオに持って行って置いておく
きっと他のメンバーは買わないであろう本だから
余計に持っていく

置いてあると
手に取ったり
パラパラめくったりするかもしれない
その時みた像が
いつかその人の中で芽吹くかもしれない

場所を共有する
共に生きることの良さだなと思う

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ソートストームをして
give & share
という観点を得た
自分の感性をgive & shareしていく。

仕事の際に
“こうするべき”が邪魔をするが
本当はもっと感覚的にやりたいなと思う

それは
見えないものをつかまえて重要視するということだ
プロジェクトの爪が噛み合うかどうかは意外とこういうエネルギーの流れの整備にかかっている

その人がその人らしくいれる場であるということが最低条件という気がする
慣習的にこうである
というのを通り越して
その場に人が現れてくるとき
ものごとには独自の生命色が宿り
それがいい仕事、出会いにつながるのだと思う。

そういったオリジナリティの中で働く時
儲かるとか割がいいとか
そういう指標じゃない何かが
そこにあるように思う。

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夫婦とは、パートナーとは
人生を一緒に生きる人とは。

展示きっかけで再開した友人夫婦とランチをした。
「感情が疲れるから恋愛はもういいので、一緒に生活できる人が欲しいと思った」奥さんが
当時お茶仲間だった旦那さんと結婚した話。

空気が合う人がいいよね。と語っていた。
ひとの本懐は空気にあるのかもしれない。


中学生とか、学生時代に恋愛というものに触れる。

その頃の初期設定はなんだか、
あいまいなもので、馬鹿馬鹿しいもので、愛おしいものでもある。

時を経て
今に根ざして考えると
人生を共に生きるとはまあまあなことだ。
すごいことだ。

どんなふうに生きたい?というのもあるけれど、誰の人生だったら大事にできる?というふうに問われている気もした。

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友人らの手伝いで原宿の酒屋。
原宿という街のイメージは
雑然とした街、おしゃれな街
最近はハラカド。なんだかニュームーブが起きるのかしら?
という街。

原宿が地元。という友人がいて
彼女は酒屋の娘だ。
原宿の酒屋の娘。
というだけで情報過多だなと思う。

いろんな説明は飛ばしますが
原宿には下町的側面がある。

おしゃれな若者の街、原宿。
ストリートカルチャーが牽引した裏原宿。
そして
ローカルとしての原宿。

同じフィールドも潜む次元が違えば出会いは変わるのだ
並行する世界の中で自分が何にチャンネルを合わせるのか。

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ソフトボールをした。
ピッチャーってもしかすると人生ではじめてだったかも。
ピッチャーってすごいなぁ。
打たれてもけっこうみんながとってくれて。
こんなに支えられてることを実感するスポーツははじめてだ。

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椅子にはデザインもあるが座り心地というものもある。

座り心地というのは体験であり
そこに座する人がどんな心持ちになるかまでを設計した
未来に向けた手紙のようなところがあると思う。

落ち着く椅子、ダレる椅子、硬い椅子
未来にここに座る人と
座り心地で持って会話をしてくる家具デザインの方々
途方もないですね

天童木工の椅子の座り心地、心で握手できる感じです。
とってもいいけれどアームがテーブルに収納できないんだなぁ困った。


また書きます。

お読みいただきありがとうございます!