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夏、ふるさとを語ります

今日から子供たちが夏休み。
夏休みといえば、故郷、ですかね。

私の故郷は、広島とある静かな海辺の街です。
かつては軍港の街だったので山へ登れば弾薬庫や砲台跡、防空壕があります。こんなところから空めがけて大砲を打ったとて、どうせ届きはしないだろうに、と思うばかりです。今は公共の掃除道具入れになっています。

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実家の夏は、桟橋方面から流れてくる牡蠣を割ったようなにおいがします。

小さい頃の思い出は商店街とフェリー乗り場です。
小学校からのかえりみち、決まって商店街を通り抜けます。
魚屋さんが所狭しとならんでるせいで、海からは距離があるのに磯の匂いのする通りでした。

商店街の端には冷蔵庫用の氷屋さんがあったことをかすかに覚えています。その店だったかそのちかくに九官鳥がいて、下品な言葉をおぼえさせては遊んでいました。

そして、商店街の中で小学生の私に用事があるのは、プラモデル屋さんでした。

二店ありました。
一つは品揃えが悪いけどおばさんが優しいお店。
もう一つは品揃えはよいけどチラ見しただけで凄んでくるおばさんがいるお店。
なんでこうもアンバランスなのかいつも友人同士で文句言っていました。

とはいえ、品揃えがよいので、納得感のないままに、お小遣いの小銭を手渡して(もちろんおばさんは機嫌がいい)、プラモデルを買っていました。

後は平日だろうが、休みだろうがフェリー乗り場へ。釣り三昧の日々です。
お金がないので、浜辺へ降りて岩をひっくりかえしてムシを集め、針につけて桟橋から糸を垂らします。

桟橋には牡蠣が張り付いていたので怪我しないようにハンマーでたたいて集め、こなごなにしたら垂らした糸のそばにまいたり。釣果への影響を感じたことはありませんでしたが。

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そんな商店街は今は道路になり、フェリー乗り場も役割を終え、今はただの波止場でいくつかの漁船か止まっている感じです。
かろうじてまだやっている漁師さんがいるようですが、まぁあまり釣れないと聞きます。
自分が釣りしていた頃からそんなに釣れませんでしたが、ますます厳しいのかなと思います。

海に流れてくる川には昔、コイ、フナ、ドジョウ、エビ、ウナギがいたと父親はいいます。私の小さいころにはすでにいませんでしたが、川を上流に遡ったところにある山際の公園には、山水がコンコンと流れ出る水汲み場がありました。その水が綺麗だったので、たくさん川に生き物がいたのもうなづけます。

生活用水として、あるいは、野菜を冷やす冷蔵庫として使われていた水汲み場の流れを堰き止めて、たらふく水を飲んでいたのを思い出します。

今はその公園は道路となり、水汲み場のあった山際には大きなトンネルが空いています。

山水がトンネルのアーチにそってどこかから出てるのかなぁと願うばかりです。



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