アメリカでの転職 10年間働いた会社を円満退社
アメリカで転職のため、これまで働いていた会社を退社する場合、退職予定日より最低2週間前に退職届を提出して、上司に報告する必要があります。僕の経験では、かなりのアメリカ人がきっちり2週間前にいきなり退職届を提出し、その後2週間であっさりと去っていきます。
僕の以前の直属のボスが会社を去る際も、きっちり2週間でした。当時のボスは、僕とほぼ同年代のアメリカ人女性で、とてもさっぱりとした性格で、僕もとても仕事がやりやすく、彼女のもとで快適に働いていました。同年代ということもあり、彼女が一方的に指示を出すというより、僕のプロジェクトは自分の裁量で自由に進められ、時には、僕の経験から彼女のプロジェクトにアドバイスすることもあるというような、とても対等で良好な関係で働けていました。
ある月曜日の朝、突然、彼女が僕のオフィスに来て、会社を去ることを告げられました。そしてその当日に会社を去ることになったボスのさらに上司である大ボスから、彼女のプロジェクトを引き継ぐように指示されました。僕は当時、すでに抱えていたプロジェクトだけでもかなり忙しくしていました。しかし、さらに彼女のプロジェクトを引き継ぐことを指示された時、とてもうれしい気持ちになりました。引き継ぐことが決まったプロジェクトは、会社の中でも最重要プロジェクトとされていたものだったのです。その担当者に任命されたということは、僕がある程度認められたからだと実感できたからです。翌日、火曜日のプロジェクトミーティングにすぐに招待され、他の部署のプロジェクト担当者に、彼女が会社を去り、僕がプロジェクトを引き継ぐことが報告されました。
そしてその翌日の水曜日に1時間かけて彼女とプロジェクトの引継ぎを行いました。プロジェクトに関わる重要なファイルは、彼女が全て共用フォルダーに入れておいてくれました。最後に彼女から、残った有給休暇を消化するために、木曜日、金曜日および来週いっぱい休暇を取り、今後会社に来るのは、その翌週の月曜日のみであることを告げられました。
結局、彼女が退社届を出してから会社に来たのは、退社届を出した当日の月曜日から水曜日までと、最後の出社日となる翌々週の月曜日の4日間のみです。それでもプロジェクトの引継ぎは、何とかなるものです。彼女が休暇を取ってた間に、じっくり重要なファイルを読み込み、そこから洗い出しておいた質問・疑問点を、彼女の最終日に確認し、大きな問題もなく、プロジェクトの引継ぎは順調に完了しました。その後このプロジェクトは大成功し、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)から画期的な新薬として承認されたのです。
そして今度は、僕が会社を去る番となりました。ちょうど10年間働いた会社です。その間に重要なプロジェクトをいくつも担当でき、自分の財産となる貴重な経験をたくさん積むことができました。たくさんの素晴らしい仲間にも恵まれました。日本人の僕としては、お世話になった会社に、そして支えてくれた仲間に感謝して、可能な限り丁寧に自分の抱えているプロジェクトを引き渡して、円満に去っていきたいと思いました。そして、通常2週間で退職するパターンの倍、4週間かけての退社計画を考えました。
第1週 上司に退職の旨を伝え、プロジェクトを引き継いでくれる担当者を決めてもらい、大まかなプロジェクトの引き渡しを開始する
第2週 本格的なプロジェクトの引き渡しを行い、他の部署に僕の退社を連絡し、新たな担当者を紹介する
第3週 休暇。溜まった有給休暇を消化する。新たな担当者に資料をじっくり読んでもらい、疑問点・問題点を洗い出してもらう。
第4週 最終週。新たな担当者と残された疑問点を確認し合い、プロジェクト引き渡しを完了させる
自分の中で計画を立てた後、転職でお世話になったリクルーターのエイリンに、4週間かけて通常よりも丁寧にプロジェクトを引き渡して、円満に退職したいと考えているけど、何かアドバイスがあるか、聞いてみました。エイリンは、「退職届を出した後、3週間以上会社に居座るのは本当はお勧めできないけれど、あなたの場合は1週間の休暇を挟んでいるから、ぎりぎりオーケーね」と答えました。僕は丁寧に時間をかけることがなぜお勧めできないのかしっくりいかなかったので、さらに聞いてみました。するとエイリンからの回答は以下のようなものでした。いったん新たな担当者が決まれば、皆が新たな担当者を相手に仕事をし始める。その後、3週間も、4週間も僕がいると、「なぜまだいるの?」とだんだん違和感が芽生えるというものでした。なるほど、としっくりいったので、これ以上は引き延ばさず、4週間退職計画で進めていくこととしました。
第1週目の月曜日、上司のトムに退職を告げることが最初で最大の難関です。これが、転職のインタヴューやセミナープレゼンテーションよりも何よりも、最も緊張するアクションアイテムでした。僕はトムともとても良好な関係を築いていました。僕のプロジェクトがすべて順調に進んでいることもあり、トムは僕に全面的な信頼を置いてくれていました。この日はちょうど2週間に1度の1対1のミーティングが設定されていたので、その冒頭で自分が退職することを告げることにしました。自然と英語が早口になりました。緊張で脂汗が噴出しました。何とか辞めることを伝えると、トムの第一声は、「オウ、ノー!」、そして、「昇進とか、給料アップとか、何か俺にできることはあるか?」と聞かれました。僕は、またもや早口になり、ぎこちなくですが、全てを伝えました。もうすでに転職先の会社にオファーレターを受ける旨を連絡した。今の待遇には全く問題なく、とても幸せに働かせてもらっている。ただ、ちょうど10年間働き、プロジェクトも大成功して一区切りがついたので、これまでの安全領域を飛び出して、全く違う環境に飛び込み、もうひとまわり自分を成長させるために新たな挑戦をしたい。
アメリカの場合、ほとんどすべての人がこのような転職を繰り返し、キャリアアップして今の地位にいます。なので、上司のトムもすぐに僕の意向をわかってくれ、引き留めモードから切り替えて「おめでとう!」とエールを送ってくれました。また、僕の4週間のプロジェクトトランジション計画にも感謝してくれました。
翌日、新たにプロジェクトを引き継いでくれる仲間も決定し、本格的なプロジェクトの引き渡しを開始しました。特にFDAから新薬承認を受けたばかりのプロジェクトは、会社全体でも最重要プロジェクトであり、これからアメリカ以外の全世界で同様の承認を得ていかなければなりません。かなりの国の審査当局とのやり取りがすでに峠を越していましたが、新たな担当者が順調に引き継げるように、第1週、第2週かけて丁寧に引継ぎを行いました。ある程度引継ぎが進んだ段階で、チームの仲間、他部署のプロジェクト担当者にも、僕が転職することを伝えました。これまで承認に向けて一丸となって戦ってきた同士なので、何か皆を裏切るような気まずさも感じました。僕の転職にショックを受け、寂しがってくれる仲間もいましたが、最終的には皆、僕の転職をわかってくれ、エールを送ってくれました。
第3週は、休暇を取りましたが、特に旅行などをするわけではなく、この10年間を振り返り、また、新たな転職先でやりたいことをイメージして家でゆっくり過ごしました。
最終週は、プロジェクトを引き継いでくれた各担当者と1対1のミーティングをして、やり残したことはないか、最終確認をしてプロジェクトトランジションを完了させました。この時になってリクルーターのエイリンが言っていた「退職届を提出した後は3週間以上は居座らない方がよい」の意味を痛感しました。最初の2週間でプロジェクトトランジションをほぼ終えていたので、最終確認のために、丸々1週間を使う必要は実際にはなかったのです。最終週は、引き継いでくれた新担当者や上司のトムとのミーティングに数時間を使った以外は、実際にプロジェクトのために働く時間はほとんどありませんでした。これまで一緒に働いてきた仲間との電話やメール交換などで時間を使うような形になってしまい、なんだか給料泥棒のような気まずさがありました。
その中でうれしいサプライズもありました。退職の1日前に、チームの仲間のひとり、ミシェルが最後に挨拶がしたいからとバーチャルミーティングを設定してくれました。てっきり1対1の最後の挨拶と思ってオンラインに参加してみると、何とたくさんの仲間がオンライン上で待っていてくれたのでした。最後に僕を喜ばせようとのサプライズでした。僕は感謝感激で泣きそうになりながら、同時に照れくささで脂汗をかきながら、本当に素晴らしい仲間と一緒にプロジェクトを進められて、そして最後に大成功をおさめられて、幸せだったことを伝えました。仲間たちからのエールが書かれたEカードももらいました。本当に素晴らしい仲間たちに出会えたことへの感謝と、同時に素晴らしい経験をたくさんさせてもらったこの会社を去ってしまう寂しさを感じました。
最終日、2021年8月13日は、朝一番に、今日で会社を去ることと、皆への感謝のメールを配信しました。すぐにたくさんの仲間から最後の返信が届き、それらひとつひとつに最後のレスポンスをするだけで1日が終わってしまいました。完全に給料泥棒の1日ですが、本当に温かい気持ちで、会社を去ることができました。
僕は、アメリカで円満退社できる貴重な経験を通して、日本人が特性として持つ「義理堅さ、仲間への感謝を大切にする心、自分の任務に全力を尽くそうとする責任感」は、日本国外で働く場合でも、ずっと大切に持ち続けるべきだと思いました。どんな文化で育ってきた人にでもきっと伝わる素晴らしい特性だと思います。これからも大事にしたいです。そうすれば、英語が下手でも、コミュニケーションがぎこちなくても、仲間はちゃんとついてきてくれます。支えてくれます。
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