対立する意見の間に立たされるポジションをどう楽しむか?
僕はアメリカの製薬会社で働く日本人研究者です。がん治療薬の開発に携わっています。僕の仕事はトキシコロジスト。新薬探索研究を行ってきた同僚研究者たちが「これは画期的がん治療薬になるぞ!」と育て上げた候補薬を、ヒトの臨床で確かめる前に、その薬が十分安全かどうかを確認する仕事です。これまで新薬候補を育て上げてきたリサーチ部門と今後ヒトでの効果・安全性を確認していく臨床開発部門の間に入る立場上、対立する意見の間に立たされることがとても多くなるポジションです。周りから見ると、大変そうでかわいそうな立場と同情されがちですが、実は僕はこの立場を大いに楽しんでいます。多かれ少なかれどんな仕事でもプライベートでも人間関係がある以上、対立する意見の間に立たされることはあると思うので、僕がどのようにそれを楽しんでいるかを紹介しましょう。
どんどん進めたいリサーチチームと二の足を踏む臨床・マネージメント
万にひとつがものになれば良いという新薬開発のプロジェクトでは、リスクはつきもの。どの程度までのリスクを許容してプロジェクトを進めるかが、常に議論になります。新薬候補の種を見つける早期段階の研究者たちは、最新の知見と自分たちの脳みそを駆使して新たな画期的新薬候補を作り出していきます。細胞・組織を用いたインビトロ実験や動物実験で「これはモノになる」というある程度の確証を得ると、彼らはヒトの臨床で効果を試そうとステージアップを持ちかけます。大切に育てた我が子を旅に出すように、プロジェクトを臨床のステージに送り出そうとします。
一方、受ける側の臨床チームは、「はいそうですか。それではこれから頑張ってプロジェクトを育てていきます!」と、安易には受け入れられません。ステージが進むに連れ、規模も開発費も巨大化する新薬開発で、それを引き継ぐ臨床部門や会社経営を担うマネージメントが二の足を踏むのは当然のこと。「本当にリスクは許容できるものなのか?患者さんにとって本当に有用なのか?副作用はないのか?途中で失敗して会社に大損害を与えないか?」などと常にリスクを気にします。
そしてその対立する意見の間に立たされることになることが多いのがトキシコロジー。僕の担当する仕事です。もし、僕が「副作用のリスクが大きすぎて開発は困難になるからプロジェクトは潰すべき」と意見すれば、これまでプロジェクトを育ててきた早期段階の研究者たちは、「俺達の苦労を何と思ってるんだ!もっとしっかり打開策があるかを考えてくれ!」と反発するかもしれません。逆に「リスクは大したことないので開発をガンガン進めましょう」などと軽はずみに意見すると、「本当にこの薬は安全か?」「副作用が強すぎてがん治療どころではなくなってしまわないか?」「本当に許容できるリスクなのか、徹底的に調べたのか?」など、臨床チームやマネージメントから心配の声が上がります。両者の顔色だけを伺っていたらブレブレになってしまいます。どちら側にも納得してもらい、プロジェクトをチーム一丸となって進めるためには、骨の折れる丁寧な説明と徹底した議論が必要になることが多いです。
どう楽しむか?
このプレッシャーをかけられる状況をどう楽しむか?
僕は以下の3つで楽しむようにしています。
1.究極のステークホルダーを見極め、その立場で直感で考える
まず自分自身が本当に本当に自信を持ってアドバイスできるブレない意見になるまで落とし込んでおかなければなりません。イソップ童話の動物と鳥の論争に巻き込まれたコウモリのようにフラフラと双方を行ったり来たりしていては信用をなくしてしまうだけです。自分なりのブレない意見を作り出すために僕がしていることは、
1.重要情報を全て洗い出す
2.その重要情報を整理する
3.直感で決める
例えば、がん治療薬候補のプロジェクトの場合、考えられるプロジェクトのリスクを洗い出すことがステップ1です。ステップ2としてよくやる手法は、リスクが起こりそうな確率と、もし起こってしまった場合のインパクトの大きさを、リスクごとに解析し、それぞれの許容度を整理することです。キーは「徹底的」です。これまでプロジェクトを大切に育ててきた早期リサーチチームの同僚の努力を思えば、この作業を徹底的にせねば!と自ずとモチベーションが湧きます。ステップ1,2を自分が納得できるくらい徹底的にやれば、あとは直感で自分の意見を決めることになります。多くの場合、Go(プロジェクトを進めるべき)か、No-Go(プロジェクトを中止すべき)を決めることになります。その時に双方のバイアスを受けずに真のブレない自分自身の意見を出すために僕が行っているのは、究極のステークホルダーを見極めて、その立場に立って直感で決めることです。このプロジェクトの場合、第一の究極ステークホルダーは、薬を使うことになるがん患者さんです。自分ががん患者さんだったら絶対この薬を使ってみたいと思えるか?自分ががん患者さんの家族だったら、心からこの薬を自分の大切な人に勧められるか? そして第二の究極ステークホルダーは、会社のCEOです。もしこの薬だけを開発することになる会社の社長だったら、社運をかけて、そして従業員の生活をかけてこのプロジェクトに挑戦したいか? その挑戦にワクワクできるか?
自分の経験上、このようにして出した意見であれば、たとえそれがNo-Go(プロジェクト中止)の意見で、リサーチチームを一時的にがっかりさせるものであっても、彼らは納得はしてくれます。
2.感謝
プレッシャーはかかりますが、逆に考えれば、とても重要なデシジョンに関わらせてもらえる重要な立場に自分は置いてもらっているということです。めちゃくちゃ恵まれた環境と思えるのです。例えば、僕は自分の意見を発表するミーティングに、同僚や幹部たちが集まり、ミーティング会場が満たされてくると、「彼らは彼らの大切なこれからの1時間という時間を、僕の話を聞くために使ってくれるんだ」と思い、とても嬉しくなります。「プレッシャーや緊張を感じてる場合じゃない、この恵まれた立場を感謝しよう!」と思えてきます。
また、対立する意見の間に立たされることが状況は、究極の次元上昇のチャンスでもあります。自分だけでも相当な重要情報を集め、整理することになるし、さらには実際の双方からさらなる生の情報が直接得られます。これまでにない圧倒的知識が得られる貴重な機会なのです。会社にいて仕事をしながら、給料をもらいながら、どんな高額なセミナーでも得られないような貴重な知識や経験を積むことができるのです。
3.ゲームとして楽しむ
自分の中で最大限のブレない意見を作り出しましたが、それに固執する必要はぜんぜんありません。僕は僕なりに自分ができる最大限のアドバイスをしましたが、プロジェクトのGo/No-Goの最終決定を行うのは、会社の社長だったり、トップマネージメントチームであったり、プロジェクトチーム全体であったりします。双方から出されるさらなる重要情報で、どんな結末が待っているかをワクワクして楽しめばよいのです。すべてが自分の貴重な糧になるのですから。
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