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生命システムを複数の側面から捉える
私はシステムエンジニアの立場で、生命の起源を探求する個人研究を行っています。生命を化学物質や構造の集合と見ることもできますが、私の場合は、システムとして捉えることを主軸にしています。
物理や化学といった特定の視点だけで説明ができるシステムやメカニズムは多くあります。このため、物理学や化学は高度に発展し、それを利用した科学技術を私たちの社会は利用しています。
一方で、生命と、その起源についてシステムとして考えていくと、何か単一の観点でシステムやメカニズムを説明することは困難であると気づかされます。もちろん、生命も原子で構成されており、原子の挙動が化学物質の挙動を形作っているのですから、究極的には原子単位の物理の組合せに分解することも不可能ではないはずです。
ただし、こうしたミクロからの組み立てでシミュレーション的に生命を模擬することはいつかできるかもしれませんが、生命という現象を私たちが理解するという意味では無理があります。このようなミクロの原理でシミュレーションに成功しても、結局そこから得られる知識は、目の前にいる実物の細胞から得られる知識と何も変わらないかもしれません。
私たちが理解をしようとすれば、私たちが理解が容易なレベルまで、理論や理屈を組み立てていくより他ありません。私はエンジニアですので、何か一つの究極的な理論や法則を求めることよりも、実用的に考えて、私たちが理解しやすい形で原理や仕組みを表現できることに価値を感じます。
そうした考えから、私は生命というシステムを、適切に理解できる複数のスケールと複数のアスペクト(側面)で表現して、理解を深めて行くことが重要だと考えています。
この記事では、生命現象を理解するために、複数のアスペクトから捉える必要がある事を示したいと思います。空間の次元数の話と、化学反応と物理構造の組合せという議論から、特定のアスペクトだけでは説明ができない点と、複数のアスペクトの組合せが重要であることを説明します。
■二次元空間ではできない事
二次元空間では、線状の構造の物質があると、それが空間的に仕切りになってしまいます。このため線状の構造の物質を持ちつつ、その線をまたいで自由に物質が行き来することはできません。
線状の構造は、かなり基本的な構造物であり、例えばDNAやタンパク質のように、線状の物質に情報を記録したり機能をコードしたりすることに使用できます。また、繊維状の細胞骨格の上をモーターたんぱく質が移動するような形で、化学物資の運搬にも利用できます。このように基本的な構造物である線状の物質は生命を支える機能を持ち得ますが、一方で、それにより二次元の空間は分割されてしまい、化学物質の移動が妨げられてしまいます。
一方で、三次元空間であれば、線状の構造の物質が多数あっても、空間を仕切ることは通常ありません。線状の構造の物質を活用しながら、空間としては自由に化学物質が移動する事が出来ます。
3次元空間において本当に空間を仕切りたい場合は、細胞膜のように全方位を隙間なく囲む必要があります。
また、線があっても三次元空間では自由に空間を行き来できたように、膜のように3次元的に囲んでいても、四次元の空間になると空間を仕切る事はできません。二次元の紙に円を書いても、三次元空間にいる我々にはその縁の内側が良く見えます。同じ理屈で、三次元の球形の膜があっても、四次元の空間では、膜の中が素通しで見えるようなイメージになります。
この事は、反対に四次元空間では、仕切りの形成が難しい事を意味します。線状の構造よりも球状の構造の方が形成が難しいように、四次元空間での仕切りになるような構造は、さらに形成が難しいでしょう。
こうした観点から、生命の存在に適した空間は、二次元でも四次元でもなく、三次元と言えるかもしれません。
線状の構造をコード化や化学物質の移動経路に使用し、球状の構造を外界との内側を分離する仕切りとして使用できる点で三次元が有利であり、だからこそ私たちは、この3次元空間の中に生まれたのかもしれません。
■化学反応系ではできない事
私は個人研究として、生命の起源について考えています。生物を構成する細胞は、基本的には化学物質とその化学反応により活動しています。しかし、化学物質や化学反応だけではなく、物理的な現象についても利用しています。
例えば細胞膜の形成は、化学反応だけではできません。脂肪酸が水中で自然に球状の膜を作るという現象を利用する必要があります。また、繊維状の細胞骨格が物理構造として細胞を安定させ、その上に細胞内小器官の位置が定まり、その間の化学物質の輸送を可能にします。
膜によって外界の温度やpHの変化から内側の状態が直接影響を受けないようにし、外界の化学物質が直接膜内に入り込むことも防ぎます。細胞骨格は安定した化学物質の輸送を可能にします。こうした物理構造が、細胞内で化学反応を安定的に行うことに大きく貢献しています。
化学反応を中心に据えつつも、こうした細胞や生命にとって不可欠な物理的な現象や構造を利用することが、生命の巧みなところです。化学物質と化学反応の処理システムという観点を中心に考えると、こうした物理的な現象の利用は不可欠です。
化学反応の処理システムという観点から見れば、物理的な現象の利用は異質です。二次元空間では越えられなかったものを三次元空間では容易にバイパスする事が出来るのは、まるで手品のようです。それと同じように、化学反応だけでは実現できないことを、物理的な現象を利用して達成することは、化学反応のシステムにバイパスを作るようなものです。
こうしたバイパスを使うと、単なる化学物質と化学変化では実現が難しいことでも、容易に乗り越えられる場合があるのです。
このバイパスは、コンピュータシステムで例えると、システムコールや外部のデバイスのドライバを呼び出すようなものです。アプリケーションプログラムだけでは処理したり機能させることができないことが、システムコールや外部デバイスのドライバを呼び出すことで実現が可能になります。
コンピュータも、純粋にプログラムの中だけでできることは、あまり多くありません。システムコールやドライバを通して外部デバイスを使うことで、様々なことが実現できるようになります。同じように、化学反応だけでは生命現象は実現できないとしても不思議はありません。
■セルオートマトンではできない事
生命現象のような自己組織化する仕組みとして、コンピュータシミュレーションとしてのセルオートマトンがあります。ライフゲームとしても知られているアルゴリズムです。
こうしたセルオートマトンのようなものを工夫したり、大規模化していけば、生命現象の誕生のようなものをコンピュータシミュレーション上で模擬できる可能性があるのではないかと、私は考えていました。
しかし、前節で説明したように、実際の生命は空間的あるいは物理構造的なバイパスを活用しています。このような、処理の中心的な面から外れた、別の仕組みをバイパス的に利用できるような仕組みが必要なのかもしれません。
そうなると、セルオートマトンにおいても、その内部のセルの進行状況に応じてバイパスをコールするような仕掛けが必要になるという話になるでしょう。逆に言えば、全てをセルオートマトンのアルゴリズムだけで担う必要はないということです。セルオートマトンは様々な挙動を示すセルの集合を出現させますが、ほんの少しの変化でセルの集合は壊れてしまいます。
セルオートマトンの仕組みだけで、膜のような仕切りを作る事は困難です。そこで、システムコールのようなものを呼び出すと、保護膜が形成される仕組みを加えれば、後は自己組織化的にこの膜を上手く使って自己を安定化させるセルの集合が現れるかもしれません。
同様に、繊維状の構造を生み出すシステムコールを与えれば、移動型のセルの集合を上手く運んだり、それを通信メッセージのように使ってメッセージ交換のような仕組みが形成できるかもしれません。
この他、生成されたセルの集合を一時的に保管しておく倉庫のような機能を持つシステムコールも役に立つでしょう。これは生命が糖や脂質にエネルギーを蓄積したり、小胞に化学物質を保管することに対応します。
■さいごに
生命現象を理解するためには、この記事に書いたように化学物質と化学反応の側面、そして、物理法則と物理構造の側面から分析し、かつその組み合わせとして捉えることが必要だと考えています。これは複数のアスペクトに分離して生命現象を整理し、かつ、各アスペクト間の接続について理解するという知的作業を必要とします。
こうした視点は、学際的と言われます。物理学と化学そしてそれを組み合わせた生命システムという点では生物学やシステム科学といった複数の学問が関連するためです。
生命を始め、知性、そして社会といった、自己組織化しながら進化するシステムは、いずれも、単一のアスペクトで把握することが困難な分野です。また、ミクロスケールからマクロスケールまで、複数のスケールで捉えることも必要です。そして、複数のアスペクトと複数のスケールに整理して分析して理解すると共に、それらを統合して理解するという作業も必要になります。
こうした考え方は、様々なハードウェアやソフトウェアを有機的につなげて機能させるシステムエンジニアリングの分野の考え方に非常に近いため、その共通性から考えを深めていくことが、私の個人研究のアプローチになっています。
■P.S.
私は、ChatGPTで英語翻訳して、noteの記事内容をMediumという英語のブログサイトにも載せています。そこで招待を頂いて、以下の"Neo-Cybernetics"というコミュニティに参加しました。
もともと、生命の起源や知性のようなものを、学際的に多視点で捉えつつ、それを統合して理解するという考え方を、何と呼べば良いか思いつかなかったのですが、上記のコミュニティのおかげで、サイバネティックス(Cybernetics)という言葉を知りました。
日本語で検索すると技術的な話が多く出てきてしまいますが、それは狭義のサイバネティックスのようです。より広い意味では、アスペクトやスケールを越えてフィードバックループや自己組織化を形成するシステムに関する理論を中心とした分野です。
"Neo-Cybernetics"はまだ立ち上がったばかりのコミュニティですが、私がnoteやMediumの記事で書いている事と共鳴する点が多くありますので、うまく貢献していけると良いなと考えています。
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