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マルチゲーム理論:ゼロ知識戦略と限界分析
ゲーム理論という学問の分野があります。ここでいうゲームとは、テレビゲームや娯楽としてのゲームのことではなく、ルールに基づいて参加者が行動を選択するような形式の活動全般を指しています。
ゲーム理論は、一般的に具体的なゲームのルールに対して、合理的な参加者がどのような選択を行うかを分析します。
実際の社会では、私たちは様々な種類のゲームに参加しており、多くのゲームは反復的に行われています。
また、参加するゲームの全体を予め知ることはできず、高い不確実性があります。これはオープンエンドなゲームと言えます。
このように複数の種類のゲーム、反復的なゲーム、オープンエンドなゲームを前提にすると、個々のゲームに閉じて選択肢を選ぶ場合とは全く異なる選択が合理的になります。
このため、個々のゲームに閉じて合理的な選択を分析するのではなく、複数のゲーム全体を分析することが重要です。
これをマルチゲーム理論と呼ぶことにします。
■ゼロ知識マルチゲーム戦略
マルチゲームに対して、全てのゲームのルールを把握してゲーム全体の最適な選択肢を分析するアプローチは、事実上不可能です。
ゲームの数が多くなると複雑さが急激に増加するため、現実的な時間で分析ができないためです。また、オープンエンドであるため未知のゲームが存在することが前提となり、本質的に全てを分析することができないという問題もあります。
そこで、個々のゲームのルールの詳細な分析をせずに抽象的なゲームとして扱い、マルチゲーム全体を分析するアプローチが必要になります。
個々のゲームを最大限に抽象化した場合、全てのゲームのルールや参加者について何も知らない、という状態になります。これをゼロ知識マルチゲームと呼びます。
ゲームのルールや参加者の知識が何も無ければ、何も分析ができないように思えるかもしれません。しかし、興味深いことに、ゼロ知識マルチゲームには、普遍的な法則があり、それに基づいた普遍的な分析が可能です。
普遍的な法則とは、仮に参加者全員の協力が得られれば、参加者全員の利得の合計を最大化できる可能性が高くなる、というものです。
もちろん、どのような選択をしても利得の合計が変わらない単独のゲームの場合は、協力の有無は利得の合計に影響しません。しかし、選択によって利得の合計が異なるゲームでは、全員が協力することで利得の合計を最大化する選択肢を目指せます。
特に、ルールが全員に明示され、不確実性がないゲームであれば、確実に最も利得の合計が大きくなる選択肢を選ぶことが可能です。
ゼロ知識マルチゲームの別の普遍的な法則は、複数のゲームを組み合わせて考えた場合、単独のゲーム毎に考えるよりも全体として最適な選択肢を選ぶことができる可能性が高くなるというものです。
もちろん、それぞれのゲームでの選択の結果が全く他のゲームに影響を及ぼさない場合は、複数のゲームを組み合わせて考えても結果に影響しません。しかしゲーム間で影響を及ぼしあう場合には、全体として最適な選択ができる可能性が高くなります。
■マルチゲームの基本戦略
このように、ゼロ知識マルチゲームには、2つの普遍的な法則があります。
参加者全員の協力を得ることと、複数のゲームを組み合わせて考えることができれば、全体の利得を最適化できる可能性が高くなるということです。
この普遍的な法則に基づくと、マルチゲームにおける合理的な戦略が明確になります。
「理由がない限り全員と協力し、複数のゲームを組み合わせて選択を行う」
これが、あらゆるマルチゲームに共通する合理的な基本戦略です。
そして、この基本戦略をさらに突き詰めると、個々のゲームの詳細について考えるよりも先に、協力を得ることと複数のゲームを組み合わせて考えることを実現する方法を考えることが重要であることがわかります。
つまり、協力やゲームを組み合わせて考えることを阻害する理由に焦点を当て、その阻害要因を取り除くことが、マルチゲームにおいて真に考えるべき問題なのです。
これは、倫理的な意味で協力をすべきだという議論ではありません。自己の利益を追求すると、マルチゲームでは協力体制の構築が最も確実性が高く、合理的な戦略となるのです。
■阻害要因
協力や複数のゲームを組み合わせて考えることを阻害する要因は、具体的な要因に起因します。例えば、不平等である、というような抽象的な要因ではありません。
参加者が必要とする最低限の資源や権利が失われるという具体的な要因が、協力を阻害します。
また、不確実性の高さも協力を阻害する要因です。不確実性が高まれば、協力を拒んで確実な利得を得る方が合理的になるためです。
加えて、参加者の欲求も協力を阻害する要因となります。承認欲求や人よりも多くを手に入れたいという欲求が、協力を阻害します。
こうした阻害要因に焦点を当てて、それらを取り除くことができれば、マルチゲームで全体として最適な利得を得ることができるようになります。
■阻害要因の除去戦略
阻害要因を取り除くための具体的な方法は、具体的なゲームや参加者によって異なります。また、ゲームの進行中に参加者の事情が変化したり、全体の状況が変化することも考えられます。
このため、予め具体的な方法を固定的に決めることはできません。動的に適応していくことが重要です。
そのためには、阻害要因を取り除くことを継続的に考えて、強化していくことが重要です。そして、誰か一人がそれを考えるのではなく、全員で考えて適応していく必要があります。
そのための仕掛けとして、阻害要因の除去に対する貢献をした参加者にインセンティブを与える仕組みを構築できれば理想的です。
これは、承認欲求や人よりも多くを手に入れたいという欲求の矛先を、阻害要因の除去に向けさせることで、一石二鳥の効果があります。
つまり、個人の欲求が協力や複数ゲームを組み合わせて考えることを阻害しないようにすること、および、その欲求のエネルギーを利用して継続的に阻害要因の除去方法の改善や状況の変化に適応することの両方を実現します。
これにより、時間と共に協力と複数ゲームを組み合わせて考えることが強化されていき、強固なものになっていきます。
マルチゲーム理論を理解している参加者にとって、協力体制を構築することは倫理とは無関係に合理的です。このため、そうした参加者は進んで協力体制の阻害要因の除去方法を考えて実行するはずです。
マルチゲーム理論を理解していない参加者にとっても、インセンティブにより協力体制の阻害要因の除去方法を考えて実行するモチベーションが生まれます。
このようにして、阻害要因の除去に対する思考力と行動力を生み出すことで、協力体制の維持と強化が可能になります。
■水平分割の優位性
これが、マルチゲームにおける合理的な基本戦略の全体像です。
この戦略は、ゼロ知識マルチゲームを前提として、普遍的な法則から導き出しているため、どのようなマルチゲームにも適用できます。
このように、具体的なゲームの詳細について考えるよりも前に、マルチゲーム全体について考えることで、強力な戦略を立てることができます。
複雑な物事を分析する際には、対象の性質を維持したまま、シンプルにすることが重要です。
一般に、対象を細かな単位に分割して分析し、その結果をつなぎ合わせるアプローチがあります。これは垂直分割と呼ぶことができます。
マルチゲームでは個々のゲームに分割すると、マルチゲームの性質が消失してしまいます。このため、マルチゲームには垂直分割は適していません。
別のアプローチとして、水平分割があります。これは分析の際に考慮する各ゲームの詳細度に応じてマルチゲームを分割するアプローチです。
そして、水平分割では、最も詳細な情報が含まれていない、上位レベルから分析をしていきます。マルチゲームの場合は、ゼロ知識ゲームがそれに当たります。
また、各ゲームの詳細がどのようなものであっても共通する性質に基づいて分析することで、あらゆるケースにおいて普遍的な戦略を立てることができます。
■所有限界と保険限界
マルチゲーム理論では、水平分割を利用して限界の分析を行うことで、普遍的な戦略を深掘りすることができます。
代表的なものとして、所有限界と保険限界があります。
不確実性があるため、各参加者はどんなに合理的な判断をすることができたとしても、大きな損害を被る可能性があります。そして、その損害によって二度と立ち直れなくなる場合やゲームから退場させられることも考えられます。
このため、損害に対する備えを確保しておくことが、各参加者にとって重要になります。
この備えには大きく分けて2つ存在します。所有と保険です。それぞれ、どの程度の損害まで耐えられるかという点で、限界があります。しかし、一般論として、保険の方がより大きな損害にまで耐えることができる備えになるはずです。
資源であっても能力であっても、一人の参加者が所有する範囲でカバーできる量や質は、保険によって集団でカバーできる量や質よりも低くなるためです。
したがって、人よりも極端に多くを所有すること所有限界を高めても、全体の保険限界を押し下げるようであれば、結果として損害に対する備えとしての能力は低下することになります。
■支配限界
この他に、支配限界という考え方も重要です。他の参加者を支配することで、ゲームを有利に進行することが可能ですが、安定して支配し続けることができる人数には限界があります。
このため、参加者の人数が多い場合、全ての参加者を恒久的に支配し続けることは困難です。また、他にも支配力を持った参加者が現れる可能性が高く、支配しているはずの参加者から反旗を翻される可能性もあります。
これらの限界を認識すると、人数の多いマルチゲームでは、無制限の所有や支配を目指すことが得策ではないことが理解できます。
前述の所有限界や支配限界は、オープンエンドなマルチゲームにおいて、理由がない限り協力が合理的であるという結論を強化します。
■倫理限界と合理性限界
また、倫理限界と合理性限界についても考慮する必要があります。
倫理に訴えて参加者間の協力を求めることには限界があります。このため、合理性に訴えて、それぞれの参加者が自己の利益のために協力体制を築くことが、参加者が多いマルチゲームでは必須になります。
また、参加者により合理的に考えることができる複雑さには限界があります。
マルチゲーム理論は水平分割により複雑さを低減して、理解の容易性を高めることで、より多くの参加者が合理的に適切な判断ができるようにすることを目指しています。
また、直接的な利益につながるインセンティブを設計することも提案しており、より多くの人が協力体制を強固にする活動に従事できる体制づくりを推奨しています。
■技術限界
科学技術であれ、人を支配する技術であれ、技術が向上すると、小さな労力や資源で、より大きな影響を及ぼすことが可能になります。
この影響の結果、参加者に大きな被害を与えるような選択を、少人数かつ低資源で実施することができるようになっていきます。
技術はこうした影響から被る被害を小さくすることにも役立ちます。しかし、一般に被害を与える方が、被害を防いだり低減させるよりも容易です。
そして技術が高度に発展すると、ゲームから脱落しても構わないと考える参加者が何人か集まって、自分たちを含む全参加者の脱落を試みた場合、それを他の参加者が防ぐことができないという状況になります。
したがって、こうした脱落を許容する人たちが現れてグループを作った場合に、全参加者を脱落させるような影響を生み出すレベルまで技術が向上すると、マルチゲームは終了してしまうリスクがあります。
このため、技術の向上にも、必ず限界があります。この限界を超えないようにするためには、技術開発競争をどこかの時点で止めることが必要になります。
つまり、マルチゲームにおける参加者間の協力体制の構築は、単に合理的であるというだけでなく、マルチゲームの存続にとって不可欠です。技術限界を超える前に協力体制を築き上げ、技術開発競争に歯止めをかけなければ、必然的に全参加者の脱落が避けられなくなります。
■さいごに
このように、一般的なゲーム理論での分析アプローチを超えて、オープンエンドのマルチゲームを前提として考えると、合理的な戦略が全く異なるものになります。
一般に、複数のゲームを含めて全体を考えると問題が複雑になり、合理的な結論を導き出すことが困難であるかのように誤解されています。しかし、ここで示したように、水平分割を行うことで、複雑さを低減して合理的な戦略を導き出すことは十分に可能です。
むしろ、従来のように個々のゲームに垂直分割することを優先して、マルチゲームとして全体を捉えることを諦めた場合、同じ認知能力や思考にかけられる能力や時間で比べて、大幅に不利益な選択をするという結果に陥りかねません。これは著しく非合理的です。
加えて、私たちの脳や社会の中には、過去に私たちが行った選択の結果や、選択した事実が蓄積されます。この蓄積の中には、次の選択の際に協力的な選択を促すものと、そうでないものとがあります。オープンエンドのマルチゲームでは協力を得ることが最終的には大きな利益と保険となるため、特別な理由がない限り、協力を促す蓄積を増やすことが合理的です。
社会全体でこの蓄積を増やしていき、かつ、できる限り多く蓄積することが私たちの進むべき道であるという大きな物語が形成されれば、私たちはこれまでの歴史とは全く異なる道を進むことができるようになります。それは道徳や理想的な社会という意味ではなく、私たち一人ひとり、そして私たちが所属している社会の各々の自己利益の追求によって、協力が自然であり、合理的であるという物語です。
これは、誤った垂直分割の視点によって競争の物語として認識されてきた世界を、水平分割の視点からの論理的な推論に基づいて協力の物語へと書き換える作業と言えます。
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