とんかつの衣をはがせ!~健康志向という虐待~
【まえがき】
皆さんは「健康」にどんなイメージを抱くだろうか。
タバコやお酒はほどほどに。
適度な運動。
そして栄養バランス。
どれも大切なことだろう。
しかし、僕の父の健康は食に偏っている。
そして、健康であることを家族に強制する。
ドレッシングをかけるな!
ソースをかけるな!
煮物に砂糖を入れるな
パスタのゆで汁に塩を入れるな
炒め物に油を使うな
無理でしょ?
でも無理だと言ったら怒るんですよ。
怒っても無視すればいいって?本当に怖いんです。
180㎝を超える巨体の元体育教師が殴ってきたら殺されるかもしれない。
実際に手が出る場面もありました。
怒鳴り始めるとだれも止められませんでした。
本当に、毎日死の恐怖と隣り合わせ。
「健康でないと殺される」
こんな矛盾と闘いながら生きてきた僕の記憶です。
【たこやき離婚騒動】
母は「パパが怒るから」とすべてを受け入れてきた。
あるとき、まだ自分が小学生くらいだったかな。
母と自分と弟の3人で、買い物帰りにたこ焼きを買って、6個入りをみんなで割って食べた。
しかし、レシートを捨て忘れて、父に見つかっちゃった。
母に対しての第一声、「子どもを殺すつもりなのか!」
そう、父はソースが毒だと思っているので怒るらしい。
「原価はいくらだと思っているんだ!」
粉もの(+毒)を売る店なので、そこにお金をかけたことも許せない。
母への説教は何日も続いた。
とうとう母も音を上げて。
「たこやきのひとつも買えない生活が続くのはつらいです。別れましょう」
父の怒りはさらに膨れ上がる。
「お前は子どもを不幸にするのか」
「父親のいない子どもがどれだけ不幸だと思っているんだ」
(母はシングルマザーの家庭で育ってきたのでそこを突かれると弱い)
子どもが大きくなるまで離婚は許さない
絶対逃がさない
健康に育てるためにあらゆる手段を使う
そうして、離婚は見送られたのだった。
【家族構成】
図にするとこんな感じ!
母は父にぞっこんなので他の人とデートしたこともないんだってさ。
【父こだわりの食事・外食】
にがりが身体に良いと聞けば、ご飯、おかず、みそ汁、漬物、食卓すべてをにがりで染め上げる。
青のりがいいと聞けば、お米まで全部が緑色だ。
キムチがいいと聞けば、何を食っても辛い。
米酢がいいと聞けば、直飲みが待っている。
父にとって食事とは健康のための方法であり、味は二の次なのである。
その一方で、父は食事が好きだ。
特に外食が好きだ。休日は必ず家族を連れて外食をする。
そこでも「ドレッシングをかけてくるなんて殺す気か!」と店員に怒鳴り散らしたり、「ソースをかけるな」と指示したりする。迷惑な客である。
特に好きな外食はうなぎととんかつ。
うなぎなんてタレが美味いんじゃないかと思うのだが、「なるべくタレをつけるな」「ご飯にタレをかけるな」と注文する。
そしてとんかつ屋では、油を吸うためにキッチンペーパーで一切れ一切れを丁寧に巻いていく。いつも恥ずかしくて仕方なかった。
とんかつ屋に来てそんなに油を気にするっておかしいと思わないんだろうか。
ルールは増えることがあっても減ることがない。
健康にいいと聞けばその食材を食べるように強要するし、添加物が危ないと聞けば排除するために食べてはならないものが増える。
家族がどんなに協力しても神経質さは増すばかり。
そしてついにその日が来た。
とんかつ屋でヒレカツを食べようとしたときだ。
父は家族に向かって叫んだ。
「とんかつの衣をはがせ!」
え、とんかつ屋で?衣を?はがす?
とうとうおかしくなったのかね。
これまで恐怖しかなかったが、大好きなとんかつをうまく食べられなくなっている父親を少し哀れに思った。
衣ははがした。
【ソースをかけてしまった母】
なぜ試みたのか知らないのだが、母は父の前で一度だけとんかつにソースをかけてしまったことがある。
自分はまだ幼稚園くらいの年齢だったのだが、とんかつ屋で、立たされて怒鳴られている人を初めて見た。
ソースをかけただけの妻を店内で立たせて、泣かせて、ほかの客もいる中で怒りを爆発させる父親がおかしいのだと今ならわかる。
ただその時は幼すぎて、「なぜママはそんな悪いことしたのだろう」としか思わなかった。
しかし怒られているのはかわいそうだし、ご飯を食べている場合じゃないし、なんとなく周りの人もソワソワしてるし……
どうしたらこの場がおさまるんだろう。
母はどうしたら泣き止むんだろう。
父はなにをしたら笑ってくれるんだろう。
その日から、父が「とんかつ食べに行くぞ」と誘ってくるのが憂鬱になった。
ちなみに、断ることはできなかった。殺されるかもしれないから。
【袋ラーメンと無言の食卓】
家族四人で袋ラーメンを食べるとき、スープは一人前を4人で、4分割に分ける。するとどうだろう。多分、ちょっと色のついたお湯…
具にするのは大量の野菜野菜野菜!!
麺より多い野菜。二郎系ではない。
味のないそれらを食べる。
家族4人、無言で食べる。
そういえば、ほかの家族は食卓を囲んでおしゃべりをするんだっけ。
会話したことないんだよな。
食事に真剣だからな。話しかけられないし話しかけないし。
「野菜から食べるんだぞ」
「麺が伸びないように食べろ」
「汁は残すんだぞ」
そういう声なら発されるのだが。
【父のルーティーンと食事の準備】
父は、野菜サラダを食べてからでないと食事をしてはならないと決めている。
コンビニの袋入りカットキャベツ山盛りにレタスをちぎって和え、酢漬けにしたナッツを添え、山盛りのかつお節を乗せ、えごまオイルを垂らしたら、最後にシナモンを少々。
野菜にシナモンか…
身体に良いならなんでもいいらしい。
納豆にもシナモンをかけ始めた。
それらの込み入ったこだわりの食事はすべて母が用意する。
父は料理をしない。
お米を炊いたこともない。皿を洗ったことがない。
ついでに言うなら、洗濯をしたことも干したことも取り込んだこともない。
掃除をしたこともない。
母は「私が死んだらあの人は生きていけない」と言う。共依存的だ。
父は指示だけはする。
「みそ汁のネギの白いところと青いところのゆで時間を変えろ」
「包丁の使い方が悪い。刃がこぼれるからこうやって切れ」
「皿をつかいすぎてもったいない」
自分ではできないくせに、やらないくせに、口だけ出すのがどれだけストレスをかける行為かわかるだろうか?
母の疲弊は目に余るものだった。
【テレビ大好き】
父の趣味はテレビしかない。
家に3台か4台かテレビがあるし、お風呂用のものもある。
健康に関する番組のチェックは欠かさない。
「この食材がいい!」と聞けば母に注文するシステムだ。
それと、NHK『チコちゃんに叱られる』のような雑学系が大好き。
仕入れた雑学を披露しているときの目は輝いている。
「どうして走っているタイヤが止まって見えるのか知ってる?それはね~~」
それ3回聞いたし、そのシーンの録画も2回観させられたよ。
観たうえで、正直、どうでもいい……。
本の一つでも読んで考察してみればいいのに。
教育観とか自信あるなら執筆でもして世に出せばいいのに。
誰も聞いていないことを一方的に話して満足げである。
子どもに「学校はどうなんだ」などと聞かない。
子どもの楽しいこととか、最近何やってるかとか、流行とか、興味ないのかな。
成績は気にするくせにな。
【幼い僕とバナナの記憶】
小学生のころ、遊びに行った友達の家でおやつにバナナをもらった。
みんな剥いたそばから食べていて驚いた。
家には、バナナの先3㎝には農薬が皮を伝って染み込んでいるので食べてはいけないというルールがある。
(先っぽにだけ染み込むってことあるのだろうか?その理屈なら皮に面している中身のほとんどは食べられないのでは?)
「バナナの先っぽはどこに捨てたらいいですか?」
友達のお母さんに聞いて困惑させてしまった。そうか、ふつうは食べるのか。
じゃあいいや、食べてみよう。
そう思って口に運ぶのだがどうしてもくわえることができない。とても汚い怖いもののように感じる。
ばかばかしい、毒なんか入っているわけがない、そう理解しているのに捨てた。
洗脳って怖いな。思考が変えられているんだ。
家に縛られて生きていることを痛感した出来事だった。
【健康を強いて犬を殺しかけた話】
「虫が死ぬってことは人も死ぬんだぞ」父はしょっちゅうその言葉を口にする。
殺虫剤、農薬に対する拒否感はここからきているらしい。
蚊取り線香つけてますけどそれは気にならないのかなー。
チョコレートは犬には毒だけど食べるし。
自分が高校生になったころ、父は「健康のため」と飼い犬に野菜ジュースを飲ませてしまったことがある。
野菜ジュースにぶどうの成分が入っていたことから犬を瀕死に追いやった。
ぶどうは犬にとって猛毒である。
父の思う健康と、本当の健康は違うことに気づきつつあった。
健康を強いることは生き物を殺しかねない。
父も間違うのだ。もしかしたら、父の言うことすべてに従っていたら、死ぬかもしれない。
この家から脱出したかった。
いつも見るのは、父に殴られて外から見えるところにあざができるという夢。
「やっと解放される!」「誰かに見つけてもらえる、自由になれる!」
起きた時に、死の危険が隣り合わせの「家族」に絶望するのだ。
【父は病院に行かない】
病院には骨折しようとも行かない。
松葉杖だけ借りて、「人間には自己治癒力があるから大丈夫だ」と歩き回っていた。
病院に行ったとして、医者と喧嘩して帰ってきてしまう。
思っていたよりお金がかかったときは「無駄な注射や検査をして金だけ巻き上げたんだろう」と受付で横暴な態度を見せ、院長が飛んでくることになる。
処方薬に痛み止めがあれば「神経を破壊しようとしている」と医者に食ってかかり、抗生物質があれば「常在菌を殺すということは人間も死ぬんだ」とパニックになって当たり散らしてしまう。
「痛み止めで神経が麻痺している間に包丁で刺されて気づかなくて死んだらどうするんだ!」
そんな極端な……。
【恐怖・不安】
怖くて仕方ないんだろうな、と最近は落ち着いて父のことを考察できるようになった。
身体に異物が入るのが怖い。見えない何かに汚染される不安。
僕が父に殺されるかもしれないと思っているのと同じように、父は世界に殺されると思っている。父にとってこの世界は危険ばかりだ。
【母の幸せ】
父ってこの世界がどれだけ怖いんだろう。
どんな不安とたたかっているんだろう。
そんな話を母にしたときに、結構驚かれた。
「あんなになんでもかんでも人のせいにして、怒りの感情を発散させて、とっても気楽で幸せに生きている人だと思ってた。そうなのね、あの人って怖くてああなってたの……」
今まで母は父を幸せにしたくて頑張ってきたのかな。
それとも恐怖で縛り付けられてただけなのかな。
いずれにせよ、父の真意が全く分かっていない母に少し悲しみを覚えた。
弱い犬がよく吠えてるだけのことなのにね。
【強迫症(OCD)】
とらわれの病と言われる強迫症に、父親は当てはまるのかなあ、と思う。
強迫症になっている人はきわめて強い不安感や不快感(強迫観念)をもち、それを打ち消すための行為(強迫行為)を繰り返す。
その状態では普通の生活ができないとのこと。
例えば、
1日に1時間以上その行為に時間を取られる
日常生活に支障が出ている
やめさせようとすると不快感を示す など。
確かに、父親は歯磨き1時間するしなぁ。
そして、強迫症には「巻き込み型」というものが存在する。
本人のとらわれに家族が巻きこまれ、家族が協力するほどエスカレートしやすいのだ。DVにつながるケースもあるという。
治療としては薬物療法や認知行動療法などがあるのだが、受診をしぶる患者が多いのも特徴の一つらしい。
人任せが苦手で、医師にゆだねるのが苦手であることもまた症状となっていることが多いからである。
では、どうしてその症状が現れてしまうのだろうか。
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