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もうハイヒールは履かない。てか、いらない。

ハイヒールが大好きだった。

高ければ高いほど好きだった。

同世代では身長は高い方なのに、さらに高くなろうとしていた。

男性よりも背が高くなることは珍しくなかった。
もしかしたら向こうは嫌だったかもしれないけど、そんなことちっとも気にしなかった。

物理的に見下ろすことになっても、相手を見下さなければ、リスペクトをもっていればまったく問題ないと思っていた。

サンダルも、パンプスも、ブーツも、とにかくハイなヒールが大好きだった。

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それでも1日中歩き続けていれば、足は痛くなった。

靴というのは実際にある程度歩いてみないと相性がわからないところがある。

だから、どんなに歩いても痛くならないハイヒールに出会えた時は、大切に大切にヘビロテした。

それが案外セールで買ったものだったりして、そうするとリピ買いも難しいから悲しかった。大切に、履いた。

安い靴でも、足に合うものは出来る限りメンテナンスして履いた。
結果的に、買った値段よりお金がかかることもあった。

いつか、もっと大人になったら、ルブタンとかジミーチュウとか、履いてみたいなと思っていた。

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大好きな人とのデート。中目黒に行った。

その人とのデートは街をぶらぶらと歩くことが多かった。
だから、いつも歩きやすい靴を履いていった。

あれが何の日だったのかはもう覚えていないけど、たぶん何か特別な日だったんだと思う。

珍しくヒールのパンプスを履いていった。新しかった。気に入っていた。可愛かった。

案の定、途中から足が痛くなった。
でも、バレないようにした。
1歩踏み出すたびに、ジンジンと地味で重たい痛みが襲った。

次第に、歩調が遅くなり、相手にバレた。

「なんでそんな歩きにくそうな靴履いてきたの?」と笑われた。

本当にその通りだ。何も言えない。こうなることはわかっていた。うん、そうだよね。

でもさ。でも、違うじゃん。
それでも、わかっていても、履いてきた理由が、ちゃんとあるんだよ。

なんだか悔しくて悔しくて、それが相手の言葉になのか、浮かれた自分に対してか、よくわからないけどとにかく悔しくて、「あ、全然大丈夫。よくある。慣れてるから。」と真顔で応えてどうにか歩き続けた。

でも、なんだかシラけて、早めに解散した。

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帰り道。1人静かな最寄り駅について、家に向かう。

明るい商店街を抜けて、灯りも人もまばらな住宅街に入ったあたり。

立ち止まって、靴を脱いだ。新しくて、可愛い…

黒のハイヒールを指先に引っ掛けながら、残りわずかな家路を歩く。
火照った足に、アスファルトがひんやり気持ちよかった。

裸足で帰るのは、あのとんでもなく酔っぱらって楽しくなった日以来だったかな~なんて思い返しながら。

こういう時、涙がホロホロと出たらドラマチックなのかもしれない。
でも、実際は涙なんて全然出てこない。

特別なデートに、いつも選ばないハイヒールを選び、少しでも可愛くなれるように頑張った。

なのに想像を裏切ることもなく、あっけなく慣れない靴に足を痛め、好きな人には呆れられ、デートはシラけた。

まぬけだ、まぬけ。超まぬけ。
わかっていた落とし穴に、助走をつけて飛び込んで行くくらい、おまぬけ。

っていうか意味不明。なにやってんの。あはは。
いやっ、本当だね、何やってんの、あははは!ははっ!

笑える。やだ、私、笑える。愉快。

でも、みじめになるもんか。
だって、私、泣かなかった。文句も言わなかった。歩き切った。帰ってきた。
自分で選んだこの靴で。ちゃんと。

偉い。可愛い。最高。私、最高に可愛い!!!!!

この可愛らしさを、いじらしさを、私は知っているからね!
大丈夫!あいつがわからなくったって、私はあなたのその乙女心と闘志を愛しているからね!抱きしめてあげる!

全力で落とし穴に飛び込んでグチャグチャになっても、落ちた場所でメソメソしてないで、自力で穴から這い出てくるようなたくましさが大好きだよ!

あーいいや。今日は失敗したけど、いいや。
だって、それで私の価値が下がったわけじゃない。
まぬけでも、ダサくても、勝ったんだから。
何に?なんて聞かないでね?とにかく勝ったんだから。
いいの、そういうことにしておくんだから。

玄関のカギを開ける。
バッグも服も放り投げ、つま先立ちでお風呂場に飛びこむ。
お湯が足にしみて、ヒリヒリしたけど、大丈夫。
なんか塗って、なんか貼って、しばらくすれば治るから。
とにかく今日の私は可愛かった。かっこよかった。最高だった。シビれる。

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あれから10年以上が過ぎた。
車社会の田舎の住人となった今の私には、ぺたんこ靴が1番フィットする。

ハイヒールも今ではお気に入りが数足だけ。履く頻度はめっきり減った。

私のハイヒール愛を知る夫。
ヒールの高い靴を履くと身長を追い越すこともあるけれど、彼は気にしない。
「好きな靴を履いたらいいよ」「好きな靴が1番似合う」

この前、何かの話の流れで冗談っぽく「ルブタン買ってあげようか?」と言われた。

昔の私なら、すぐに喜んだ。「ぜひ!」と即答したはずだ。

でも、私の口から出たのは、千と千尋の神隠しの千尋ばりの「いらない」だった。カオナシもびっくり。

「だって、あれじゃ運転できないし、砂利道と土の道が多いここじゃ、すり減って汚れてもったいないもん。ルブタンが可哀想すぎる。」

…2人で目を見合わせ、「いやっ、真面目かよ!」とゲラゲラ笑った。

私は今も、ハイヒールが大好き。


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