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スキマ読書「文字と楽園」書体を通して文学を味わう楽しみ

本書は、今までにありそうでなかった「精興社書体」について書かれた本です。多くの作家が、この書体で本を出したいと願う、とすら言われます。あ、もちろん書体だけの話ではなく、精興社さんが長年培ってきた組版の技術もあってのこと。

「文字と楽園 精興社書体であじわう現代文学」本の雑誌社。著者は書体エッセイストの正木香子さん。

「文字と楽園 精興社書体であじわう現代文学」

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いや~、やられました。「精興社書体」について書かれた本に出会えるとは思ってもいませんでした。まさか、今の時代に「書体」に注目して文学を味わうという提案をなさるかたがいらっしゃるとは。

著者の正木さんも本書のまえがきで、「これは、精興社書体という文字についての本です」と、ハッキリいっておられます。

精興社書体とは、本が活版印刷で印刷されていた時代から、長きにわたって多くの作家、文筆家に支持されてきた書体です。

かつて、そう、つい40~50年ぐらい前までは、出版物の印刷には活字が使われていたんですよね。明治・大正・昭和と、本当に長い年月。

個人的な話になりますが、私が印刷会社で働き始めたころ、1980年代後半には写植全盛の時代になっていました。*写植:写真植字のこと。ネガ状の文字盤に光を当てて印画紙に文字を焼き付ける方法。

脱線しました。で、精興社書体のこと。

精興社書体のこと

出版、印刷業界では超がつくほど有名な印刷会社さん。その精興社が持っている独自の書体が、精興社書体です。

印刷業界人としてもそうですが、一読書人としても憧れの書体。品の良さ。力強さがありながら、かなの優美な曲線が魅力という書体です。細身でかなが少々小ぶり。可読性がすこぶる良いという。

一度、精興社書体で印刷された本に接してみてください。私の言っていることがおわかりいただけると思います。

そして、この「文字と楽園」は、精興社書体で文学に接するとはどいうことなのか? を正木さん独自の感性で解説した本です。

「文字は文字だけで自立して活きることはできない」と正木さんは書いておられます。まず言葉があって、そこにこめられた意味を表現するものが文字なのだと。

つまり、文字が異なれば、その言葉の持つ意味合いや雰囲気までもが変わるものだということなのでしょうか。

このあたり、上手く表現できないのですが、本書をお読みいただくとスッと腹に落ちるものがあると思います。

「文字と楽園」は優れた読書案内の書

さて、話は変わりますが、この「文字と楽園」は優れた読書案内の書でもあると思っています。

荒川洋治「忘れられる過去」みすず書房・堀田 善衞「インドで考えたこと」岩波新書・川上弘美「先生の鞄」新潮文庫・三島由紀夫「金閣寺」新潮社・村上春樹「ノルウェイの森」講談社・安野モヨコ「食べ物連載 くいいじ」・江國香織「東京タワー」マガジンハウス・堀江敏幸「戸惑う窓」中央公論新社・・・etc

「文字と楽園」は、上記の作品を正木香子さんが読んだときにどう感じたか、何を思ったのかが書かれている本です。もちろん、すべて精興社書体で印刷された本です。

何かいい本がないかな? というとき、この本で挙げられている作品を読んでみるというのはアリだと思います。実際に読んでみて、自分ではどのように感じるのか、どんな風に読み解くのか。

それに、私たちは普段、本を読むときに書体に注目して、というか、どんな文字の形で印刷されているかに焦点を当てるということってないですよね。

しいていうなら、「この書体読みやすいな」と思うぐらいでしょうか?

書体と読書の関係性

本書が提案している、「精興社書体であじわう」を他の書体に置きかえてみたりしても面白いかもしれません。本を選ぶときの基準(中身は読んでみないとわかりませんから)として、手に取ってみたときの文字との相性のようなこともあるでしょうから。

例えば、つい新潮文庫を買ってしまうというような。

ただ、読みやすさの問題は文字組とも大きく関わってくるので、単に書体の問題とは言えませんけどね。(そこは、面白い問題もあると思うので、いつか記事にしたいとおもっています)

それでも、精興社書体で印刷された本文には、趣き、雰囲気、どこか違うものがあるというのは納得できます。

多くの書き手、編集者、読者が支持してきたからこその「精興社書体」、ということだとあらためて思います。

まあ、印刷業界にいる人間としては、やはり書体にはこだわりを持ちたいというのもあるんですよね。書籍の本文に使われる明朝体には余計にそう思います。

最近では、モリサワのA1明朝はいい文字だと思っています。新海誠監督の「君の名は。」「天気の子」のタイトルに使われている文字です。とても読みやすく、文字の形自体が持つ優しい雰囲気が気に入っています。

脱線しました。精興社書体が長い年月(100年以上)愛され続けてきたということは、それだけ書体自身に魅力があるのだろうと。

その「文字の魅力を味わうという読書」というのも、本の楽しみかたとしてはアリなんでしょうね。

そう、そして、二つの大事なことに気づきました。日本語、そして明朝体はやはり縦書きがいい。昨今の横書き文化では、う~ん、明朝体は馴染まない。いま一つだと思う今日この頃。

もう一つ。これは自分にとっては、けっこう重要なのですが、電子書籍は書体を愛でることができないのです。確かに電子書籍は便利です。手軽に本が読めるという意味では、最高の仕組みです。

が、文字を感じることができないという面では、大きなマイナスポイントなんですよね。

なにやら、とりとめのない記事になってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

こちらにも記事を書いています。合わせてお読みください→ニッチな読書‐多くの文筆家が憧れた「精興社書体」と現代文学

#読書の秋2021  #文字と楽園 #書体 #精興社書体

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