幸せの形。
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「大会新記録〜!! 10年ぶりに中学女子100mの新記録が生まれました!!!」
高校2年生だった当時、私には3歳下の妹がいた。
彼女は、誰もが羨むほどの才能があった。
100m走の才能だ。
当時、私も彼女と同じく高校の陸上部に所属していたため、彼女のことがとても誇らしかったのと同時にとても羨ましかった。
友達からは彼女の話をされるので持ちきりだ。
そんな、才能豊かで、誰もが羨む彼女だが、ある日悲劇が起きた。
妹
「私、陸上辞めたい。もう陸上するのが辛い。」
家族
「何を馬鹿なこと言ってる!このまま行けば、誰もが羨む全国大会にも出場できるんだぞ!
頑張って続けなさい。」
妹
「わかっ、、た。」
この出来事から数ヶ月後。。。
彼女はストレスから精神病に患った。
彼女は1人、自分の殻に篭り続け、苦しんでいたのだ。
この悲惨な出来事から、何がわかるだろう?
私達家族は、彼女の幸せは彼女の才能である足の速さを活かし、活躍することだと勝手に決めつけていた。
しかし、彼女の幸せは私たちの考えるものと全く違っていた。
彼女の幸せは陸上を辞めることで、自由になることだった。
そう。
私達は、頭で理解はしていても、人の幸せを自分の指標で勝手に決めつけ、押し付けてしまう。
その結果、誰かの人生を壊し、幸せを遠ざけてしまうのだ。例え、家族の様に愛している人でさえも。
一見すると、誰もが幸せだと思うことだとしても、その幸せはその当時者にしかわからない。
幸せの形は必ずしも決まっているわけではない。しかし、一つ言えるとするならば、
本人が進みたいと思った選択が、彼らを幸せに導いてくれるのではないだろうか。
幸せの形は人それぞれ全く違う。
その人自身の選択を象徴し、彼らが幸せになれる様に全力でサポートしていく。
それが、私たち第三者が取るべき行動ではないだろうか。