これまで誰にもできなかった話


20歳くらいの頃、無事に大学に受かった私は怠惰と堕落を享受し、インターネットの世界に入り浸って毎日ネッ友と喋り散らかす人生を送っていた。

私は人格が破綻しているので基本的には高校までの友達とは疎遠になっており、そんな私にとってインターネットの世界はある意味ではユートピアだった。

趣味であるカラオケを通して作った身内と呼べるコミュニティの友達と、毎日様々な人々が行き交うインターネット世界を冒険していた私だったが、そんなある日いつものようにおしゃべりをしているとそこにとある女の子がやってきた。



その子のインターネット上のアカウント名は「メロンちゃん」だった。彼女は明らかに「トクベツ」な女の子だった。

彼女は言いづらい事柄に関しても忌憚なく話し、男性に対してもなんの躊躇もなく鋭いツッコミを入れるので、その場にいた男性陣は彼女が現れてすぐにその存在に湧き立っていた。女性陣も彼女の率直な話し方に好感を持っていることが読み取れたので、わたしは自分が彼女の躊躇いのなさすぎるまっすぐさに少し怯えていることを、誰にも言い出すことができずにいた。


とはいえ彼女のおかげで全体として話はとても盛り上がっていたので、私は自分からは何も発話せず、会話がただ盛り上がっていくのを楽しませてもらおうというスタンスに切り替えることにした。彼女が現れてから数日は「かわいい、かわいい」と彼女を褒めそやす男性陣たちのおかげで人が頻繁に集まり、賑やか好きの私もそう悪くない日々を過ごすことができた。

オタクの男の子がメロンちゃんに裏でダイレクトメッセージを送って彼女が困るそぶりを見せたりと、彼女に関する話題は事欠かなかったが、そんなある日誰かが「Among us」という人狼ゲームをやろうと言い出した。

このゲームをご存知ない方のために簡単に説明すると、宇宙船を模した場所でプレイヤーは複数のタスクをこなしていき、その中に紛れ込んだ数人の人狼が隙を見て他のプレイヤーをキルする。その度に話し合いなどをして、人狼を追放できれば村人の勝ち、村人より人狼の数が多くなれば人狼の勝ちというゲームである。



そこで私たちは日取りを決めて、今では人数も定かではないが、10人程度だったかで「Among us」をすることにした。それまで私は人狼ゲームをあまりプレイしたことはなかったが、やってみると場は途端に緊張に包まれ、かつてないほどの緊迫感がすぐに私たちの間を支配した。

なぜなら私たちは所詮インターネット上の寄せ集めなのである。本当に気まずくなれば、インターネット上のコミュニティなどさっさと抜けて、どこへなりとも逃げてしまうことができる。そんな見ず知らずの人が集まった場所で、こんなふうに簡単に裏切りが誘発されてしまうゲームをプレイするのである。誰が突然背後から自分を刺してくるかわからないという状況下で私たちは自ずと言葉が重くなり、特に初めて「Among us」をプレイするようなプレイヤーは額に味を滲ませているであろうことが音声通話上でもありありとわかった。



この時ばかりは、普段は他の人のお喋りに任せて適当なことを言うだけの私も、あまりにも恐ろしい場の雰囲気に飲まれてとても必死な態度をとっていたと思う。それに「Among us」では毎ゲーム人狼に選出されるプレイヤーがランダムに抽選されるので、人狼に選ばれれば必ず嘘をつかなければいけない。これがわたしにはとても辛かった。今後もネッ友と友達関係を続けたいと思っていた当時の私にとって、嘘をつかない無害な立場を貫き通すと言うこともできないのである。

私はいざとなれば他人を裏切ることも厭わないタイプなので、最後の最後には自分の立場のためなら他人を刺し、裏切る。いくらゲーム上であっても友達を裏切れば今後の人間関係に大きくヒビが入ることは予想できたので、わたしは「Among us」をやろうなどと初めに言い出したバカはどこのどいつだ、とプレイする中で発起人を恨み出したりした。

それに私はそれほど頭が良いわけでもないため、計算をミスすれば自分自身が刺されてしまう危険性もある。目まぐるしく移り変わるゲーム状況の中でとんでもない悪人ヅラをしたわたしがインターネットの画面をじっと睨んでいる様子は、ハタから見れば気持ち悪いの一言に尽きたに違いない。



そうやってゲームが進行していく中で、「メロンちゃん」が人狼に選ばれた回があった。その回で私は村人で、すぐにメロンちゃんとは別の人狼に刺されて幽霊としてゲーム全体を観戦する立場になった。ここでもう一人の登場人物として紹介したいのが「あんぱん」ちゃんという女の子である。彼女は私たちの身内コミュニティで姉御的存在として場を盛り上げており、私も彼女ととても仲良くしていた。


私は幽霊となって船内を動き回っていたが、そんな中で村人である「あんぱん」ちゃんが人狼に刺されて死体となっている場面にいきあたった。そしてその後すぐに人狼である「メロンちゃん」がその室内に入ってきた。ここで一般的な人狼チームとしての正しい動きは「死体をただ黙って見過ごすこと」である。しかしメロンちゃんはただ数秒黙って、何事かを考えている様子だった。

そして彼女はおもむろに会議を招集するボタンを押し、匿名であんぱんちゃんが刺されたことを通報したのである。



これが私が28にもなるまで誰にも話すことのできなかった話である。正直にいえば私はものごとを率直に話しすぎるメロンちゃんが嫌いだった。しかし彼女は人狼であるにもかかわらず、会って間もないインターネット上の見ず知らずの女の子を助けるという、崇高とも言える行動をとったのである。


嫌いな人間が「正しい」としか言いようのないことをした。そのことに私の心は粉々になるまで打ちのめされた。私の存在は「正しくない」と世界に突きつけられたような気にさえなった。しかも、私がこんなことを他人に一言でも漏らせば、それは私自身の尊厳を自分自身でふみにじることに他ならない。そのため私はこの日の記憶を8年間も意味もなくただ抱えてうずくまってきた。


その後「Among us」のせいかどうかはわからないが、メロンちゃんはまたすぐ別のコミュニティに移動していった。その後数年経ってまた別のカラオケコミュニティで彼女とたまたま再開して「あの日」のことについてそれとなく話し合ってみたが、彼女は基本的に「全体」に向かって話すような喋り方をするので「個」の幸福を追求するような私は、ただ虚しさと悲しさを感じただけで終わる結末にしかならなかった。


最近このゲームを一緒にプレイした仲間とも別々のコミュニティに移動し、新たな場所を作ったことで、この話をすることで迷惑をかける相手はいなくなった。そこで、私はそろそろ匿名の場所であればこの事実を話しても良いかという気持ちになった。愚かな私は8年間もこの事実をひた隠しにし、意味もなくただ右往左往してきた。だからこの秘密をこの場所で話すことで、わたしはそろそろこの物語に一旦ピリオドを打ちたいと思う。愚かな私に鉄槌を、そして神様がもしいるならどうか最後には救われますように。



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かたなしはらい🎈
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