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地雷拳(ロングバージョン20)

承前

 チップが炎に包まれた。パンパンダはこめかみにグラプトのチップを差し込んだ。炎が赤い弧を描く。両眼から放たれる赤光が、ルビーのごとく輝きを増した。眼窩の金属がひび割れ、血管のようにいくつもの筋が赤い筋が這った。
「今や俺と兄弟子は一身一体!!」
 赤熱した拳が姫華に放たれる。
 初速が段違いだ。手元の拳が消えた。姫華は勘で打撃をいなそうとする。
 腕に拳が触れた。そう思った時には、胸に衝撃が起こった。2度の打撃が間を置かず姫華の胸に当たった。
 ぐにゃりと視界が歪み、姫華は両膝をついた。
 一撃の衝撃波と二撃目の衝撃波がぶつかり、身体の奥に破滅的な波を引き起こした。
 姫華は息をするので精一杯だった。
《これはすごいよ……。一撃の打撃が、触れた時にはふたつの衝撃に変わっている。パンパンダは二つのカンフーチップを掛け合わせて空間を歪ませたんだ》
 姉は感心しているようだ。
「あたしに分かるように言ってよ……」
 パンパンダが再び距離を詰め、打撃を放った。同時に右脇腹と左肩に衝撃が起き、ワンテンポ遅れて、側頭部への衝撃が起きた。姫華の頭蓋が揺れ、たたらを踏んだ。
「ぐっ......」
 かろうじて首を逆にひねって勢いを殺そうとしたが無駄だった。姫華の視界にノイズが走る。
 姫華がガードした個所をパンパンダは避けて攻撃する。美空の教えを実践できずにされがままとなっていた。
 身体がさらに赤熱するのとともに、パンパンダは構えた。
「決着を!」
 姫華は頬の肉を噛んだ。血の味がじんわりと口内に広がった。幾分かぼやけた視界は輪郭を取り戻した。
《奴の眼を見て》
 パンパンダの赤い輝きが増し、亀裂が全身に広がっていた。
「あれは……」
《カラテチップは一枚で能力を最大まで引き上げる。それを二枚も差した身体がどうなるかは分かるでしょう》
 パンパンダが突進する。噴水の水が身体に触れると、たちどころに蒸発した。
「カラテチップのパワーに身体が耐えきれなくなっている!」
「それがどうした! 今や兄弟子にお前の首を捧げることが俺の願いだ!」
 灼熱の拳が姫華の顔面を穿とうとした瞬間、がぎん、と衝突音がした。
「なっ……!」
 姫華の手に握られているのは、ヌンチャクだった。
 ヌンチャクによる弧がパンパンダの打撃を弾いたのだ。
「あんたがあたしの首が欲しいように、あたしもあんた達の金が欲しいんだわ」
「ホストと、俺の兄を一緒にするな!」
 パンパンダが手刀、足刀を放つ。異方向から同時に迫る攻撃を、姫華はヌンチャクで迎撃した。パンパンダの足が火花を放ち、溶けた飴細工のようにひしゃげた。
「一緒だよ! あたしもあんたも、心の底から大好きな相手に尽くすのは変わりゃしない。でも、自分が楽しくなけりゃ価値がない! 心中しようとしてる時点で、あんたはあたしに負けている!!」
「そんなことは認めない!」
 打撃の雨の中、姫華が一歩踏み出す。足の筋肉が膨らみ、腰を捻る。全体重を乗せたヌンチャクの一撃が、雨を通り抜けてパンパンダのこめかみを穿った。
 かろうじて内に抑えていたパンパンダの赤光が口から漏れ出した。ひび割れた叫びが姫華の耳朶を打った。
《爆発する!》
 姫華がコンクリートの後ろに隠れる。
 空気が振動したのち、園内を死の熱風が吹き荒れた。観覧車の窓ガラスが割れ、あらゆる遊具が氷じみて融解した。
 赤光が消えた後、姫華が顔を覗かせるとパンパンダのいた場所にはクレーターが出来ていた。
 電飾による光は消え失せ、朝焼けが周囲を照らし始めていた。
 姫華はクレーターを見て驚愕した。
 黒い裂け目がクレーターの上に現れていた。空間が歪み、中からパンパンダよりも一回り大きな人影が現れた。
 姫華が忘れるはずがなかった。
「ポモドーロッ!!」
 あの歌舞伎町でマクセンティウスを倒した死神にほかならなかった。
「チップふたつにやるじゃないか。カンフー娘……ますます惜しい逸材よ」
 ポモドーロの声ではなかった。遠慮を知らない胴間声が響き渡った。
 裂け目から毒々しいクロコダイルの革靴がぬっと顔を出した。山を思わせる巨軀が降り立つと地面が揺れた。
《覇金恋一郎……!!》
「貴様とポモドーロの闘い、見届けにきた!!」
 覇金恋一郎は顔全体で笑った。

【続く】

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