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地雷拳(ロングバージョン21)

承前

《覇金恋一郎……!!》
「貴様に相応しい運命を見てやろう」
 覇金恋一郎は懐からタロットカードを取り出した。シャッフルすると、特注のチタン製のカードがぎらりと輝いた。
 恋一郎が一枚を見せる。
「貴様には死神が出たようだ!」
 恋一郎は片眉をあげた。カードには不吉な鎧姿の骸骨が写っていた。
 分厚い体は一眼で筋肉で鍛えられていると分かった。恋一郎は破壊された遊園地を見回した。
「この程度か。やはりカンフーチップ二枚挿しは弱者の足掻きにすぎない」
「そっちから来てくれるなんてね。資産を渡す気になった?」
 姫華がヌンチャクを上段に構える。鎖がじゃらりと鳴った。
「相変わらずの口応えだ。どこまで続くか楽しみにしているぞ」
 ポモドーロが一歩前に出る。姫華もまた一歩踏み込んだ。
 互いの制空圏がぶつかり、一気に空気が張り詰めた。
 ポモドーロの眼が光った。姫華の纏う闘気は、歌舞伎で見た時よりも練り上げられている。数々の名うてのカンフーロボを処刑してきたポモドーロは見抜いていた。
 姫華が足元の小石を蹴り上げる。ポモドーロの顔面にぶつかる瞬間だった。
 小石に意識を集中させて隙をつくつもりだ。明確なブラフだった。
 ポモドーロの目の光がわずかに瞬く。目を伏せて失望しているようだった。
 彼にとってのカンフーは、いつしかつまらないものになっていた。必ず勝つ勝負は、鋼の心臓から熱を失わせていく。
 今回もまた同じだ。ポモドーロは一歩踏み込み、無造作にポケットから手を引き抜いた。
「……ッ!」
 ソフト帽の奥で、ポモドーロの目が瞬く。
 今度は電光が駆けるような激しさだった。
「なんとッ!!」
 恋一郎が声を上げた。
 ポモドーロの革手袋の抜き手は、ヌンチャクの鎖によって絡め取られていた。
「歌舞伎でのこと、ずっと考えてた」
 姫華は距離を詰める。
「マクセンティウスがあんたに突進した時、至近距離でバラバラになった」
 マクセンティウスが衝突し、粉微塵になる瞬間が脳内で再生された。
「あんたは飛んで避けられたのになぜそうしなかったのか。他のカンフーロボならそうする。あたしはこの短期間で何人も倒してきたから分かる。……思いつけば簡単だったよ」
「ほう?」
 恋一郎が片眉を上げる。
《あの時ポモドーロには、マクセンティウスを潰す自信があった》
 姉の言葉と姫華の言葉が重なり合った。
「そして、あの場所に立ってなきゃ、あんたのカンフーは本領を発揮出来なかった」
 衝突点から擦り潰すように粉々になっていく。それはマクセンティウスが命を賭したヒントだった。
「ポモドーロ……。あんたの死のカンフーチップの強さは、異常な拳速だ」
 ぎりぎりと鎖が軋む。
「......決めつけのように聞こえるが?」
「いいんだよ。このおかげで担当の浮気も見抜いたんだ。......マクセンティウスと極端に距離を詰めているのを見るに、拳距離を切り捨てて拳速に充てたと踏んだ」
「お前は一度速さを見ているのだろう。それでも分かって退くのは」
「面白くない」
 姫華が恋一郎の言葉を引き継いだ。
「そう考えるのは超人だけだ。如月姫華、貴様、死に急いでいるな」
「死ぬつもりなんて毛頭ないさ。相手が動くと分かれば、今のあたしに怖いものはない」
 美空との特訓を思い出した。速さを極める動きを手に入れ、空手の達人の動きをゼロ距離で見ていた姫華に敵はなかった。
 歯を軋らせるように、鎖が鳴った。今や硬く縛った鎖に挟まれたポモドーロの拳は180度捻れていた。
「でやぁぁぁあッ!!」
 青白いスパークが飛んだ。姫華がヌンチャクを振り抜くと、絡め取られたポモドーロの片腕が宙を舞った。鉄片、コード、コネクターが撒き散らされ、灰色の床を彩った。
 姫華はヌンチャクを構えた。
「恋一郎。あんたのタロットには死が出たようだけど」
 姫華はヌンチャクを恋一郎にまっすぐ向けた。
「あんたの運命だったみたいだね」
「まだ勝負は終わっていない」
 ポモドーロが姫華に言った。
 低く車輪が軋むようなノイズ混じりの声だった。頭からはソフト帽が外れ、塗装のない銀色の機械頭が露わになった。
 姫華は姉が息を呑むのを感じた。
《あれは覇金で瘤川教授と私が最初に作った素体。オプションが付いていない分、後続の覇金シリーズに比べて軽い……。瘤川教授はカンフーチップとのシナジーに気づいたんでしょう》
「如月姫華。お前は俺の心を蘇らせた」
 ポモドーロは片腕を前に出す。重さの均衡の崩れた異形の構えをとった。
《あれが死神のカンフーチップ……》
 攻撃の入力を最速にするために、掌にはカンフーチップが差し込まれていた。
「アッハッ! あたしの友達殺ったんだ。そのくらいじゃないとさ」
 姫華がヌンチャクをかちあげる。ポモドーロの顎をわずかに擦った。
「強者だと自分を勘違いしたまま死ぬところだった! 思う存分、やりあおうか!」
 ぶぅん、と空気が震えた。今やポモドーロの突きは、片腕を失ったことであらゆる武術家を超える速さを手にいれていた。金属の腕は陽光の反射すら遅らせた。
 恋一郎は二人の応酬に滾っていた。
 超人の眼をもってしても、ポモドーロの手刀を捉えることは難しい。だが、その中で如月姫華が如何様な選択を取るのか、恋一郎の興味は尽きることがなかった。
 認知を超える速度が迫る中、姫華は上段にガードを持ち上げる。そのままさらに前に進んだ。
 沈黙が訪れた。
「……勝手に救われたツラしてんじゃねぇ」
 先に声を発したのは姫華だった。彼女の身体には深々と手刀が突き刺さっていた。
「何をしている......!」
「あたしの師匠がさ、『目に見えないものこそ力が宿る』って言ってたんだ」
「それと何が関係しているというのだ」
「あたしは信じることにしたんだよ! 目に見えない姉のことをね!」
《だからって無茶させすぎでしょ......! 嬉しいけど!》
 姫華の身体からは血が流れていなかった。それはカラテチップによる恩恵だった。致死量寸前の脳内麻薬と、人体を破壊しかねない代謝制御は姉による指令がなければ不可能だった。
「まだまだ驚かせるではないか! 如月姫華!」
「あんたに空手は使わない」
 ポモドーロが腕を引き抜こうとしても微動だにしない。傷が回復し始めて腕を離さないでいるのだ。
 両手でポモドーロの頭をつかんだ。ワンピースから伸びる白い腕に、綱じみた筋肉が盛り上がる。ポモドーロの首から金属の軋む音が聞こえた。
「お前はそれでいいのか。全力の俺を倒してこそマクセンティウスへの手向になるはずだ! 俺と闘ってくれ!」
「あたしが全力で身体張ってんのに寝言言ってんじゃねぇ!」
 ポモドーロの眼光が瞬いた。姫華は両腕を捻る。金属が叫んだ。硬いものが千切れる音がした後、太いコード類が首の隙間から引き摺り出された。
 ポモドーロの首が宙を舞う。戦の終わりも知らず、銀色の髑髏は闘志を漲らせていた。
 姫華は手刀でポモドーロの残りの腕を切り落とした。
 トルソーじみたポモドーロの身体は力を失い、鈍い音を立て膝をついた。
 姫華が膝をつくのも同時だった。無理矢理に力を込めたこと、連戦を気力によって貫いたツケが回ってきた。各臓器が不満を爆発させた。
 猛烈な吐き気とともに、赤黒い液体が地面を汚し、全身の力が抜けていく。
《制御が間に合わない……!》
 歪んだ視界に、大きな手がぬっと現れた。手にはスキットルが握られていた。
 姫華が見上げると恋一郎が笑った。
「覇金の酒蔵で製造したウィスキーだ。痛みが和らぐ」
「……なんの真似」
 姫華が口を開こうとすると、恋一郎は姫華の顎を掴んだ。強引にウィスキーを流し入れる。抵抗は出来なかった。
「如月博士......頭の中で聞いているんだろう。俺がなぜカラテチップを欲しがっているか、教えてやる」 
 喉と脳をアルコールの炎が灼き、姫華は咳き込んだ。さらに恋一郎は姫華の耳元に口を寄せた。
《まさか......》
「隠していたようだがな。カラテチップとカンフーチップは、互いの性質を補うことができる。カンフーチップ同士で不和が生まれたのは同じ性質故! 俺は完成させるぞ、ニンジャチップをな!」
「どりゃあっ!」
 至近距離で、姫華はヌンチャクを打ち込んだ。
 パンパンダを倒したヌンチャクの一振りが、恋一郎の顎を砕いたかに見えた。
「......その程度ではなかろう」
《そんな!》
 恋一郎はガードをしなかった。ヌンチャクが当たってもなお、笑みを崩さない。恋一郎の剛腕が姫華を吹き飛ばした。
「お前の闘い方が気に入った! 髪、眼、鼻、顎、お前を形作る全ては美しい。そして、それを台無しにするような獣の闘志! ポモドーロの奴が熱を上げるのも仕方のないこと」
 空に向かって恋一郎は哄笑した。
「なんであたしは……担当以外には好かれるのかな……?」
 姫華は立ち上がった。最悪は脱したが身体の痛みで気絶しそうだった。それでも死にはしない。悔しいことに酒とカラテチップの相乗効果で、姫華の状態は回復していた。
《流石にまだ無理......》
「弱気になってんの? アタシはまだやれる」 
 どこからかヘリコプターの旋回音が聴こえてきた。音は次第に大きくなり、更地となった遊園地の塵を巻き上げる。ヘリコプターは、姫華たちの上空でホバリングすると梯子をおろした。
「逃がすか!」
 姫華が動く。その瞬間、恋一郎が地面に掌底を打ち込んだ。
 ずぅんと地鳴りが起こった。地面が振動する。コンクリート床に地割れのごとくヒビが生じた。
 姫華が足を取られたタイミングで、梯子をつかんだ恋一郎の体が浮いた。
「良い心意気だ! 俺は万全のお前を砕こう! 明日の晩に本社に来い! 全社一丸となってお前を相手しよう!!」
「恋一郎!!」
 姫華はヘリコプターを見上げた。
 雷のような笑い声がいつまでも水平線にこだました。

【続く】


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