刀は多角的に見ないと分からないのかもしれない。
刀は多角的に見ないと分からない事が多いのかもしれない。
時々そんな事を思います。
①私は刀を視覚的にしか捉えられていない
例えば私は今刀そのものを視覚的に捉える事しか出来ていません。
刀を見て刃が明るいなぁとか、地鉄が詰んで綺麗だなぁ、○○に似てるな、などなど。
しかしその刀が製作された時代の事(文化や政治など)には恥ずかしながら疎い。
例えば戦国時代から安土桃山時代、江戸時代にかけて活躍した堀川国広であれば今で言う古刀から新刀に変わるまさに転換期の人、新古境の人です。
姿は南北朝期の大すりあげの姿に近い作風をしているなどと一般的には言われたりもし、若い頃の天正打ちと呼ばれる時期の刀は末関風、晩年の京移住後の慶長打ちと呼ばれる時期の刀は相州伝の作風を狙ったとされる地刃の冴えた華やかな作風に変化しています。
②「そういうものか」で終わらない所がきっと楽しい
今でこそ古刀、新刀などと分類分けされていますが、当時は当然そんなものはありません。
この微妙な時代において国広の刀が古刀なのか新刀なのかという話は大事ではなく、戦国時代が終わり泰平の世に向かう文化の移り変わりを追っていった方が作風の変化についても真実が見えてくるような気がします。(勿論国広という人物自体についても知ることは前提ですが)
③安土桃山時代について
(画像転載元:「麒麟がくる」キリシタン全盛の安土桃山時代)
例えば安土桃山時代は信長や秀吉、家康といった戦国大名が天下統一を目指して争う時代ですが、日本にポルトガル人の乗った船が種子島に漂着して鉄砲等が伝来したり、ザビエルによりキリスト教が伝わったり、はたまたメキシコから太平洋を横断してきたスペイン人も加わって東南アジア経由の交易が盛んになったりなど、西洋の文化と接触する事でそれまでの中国中心の世界観により構築された人々の価値観が大きく揺らぎました。
その結果多様化した桃山文化が展開する事に。
桃山時代は中央集権的で力強くエネルギーに満ちていて、庶民の階層まで世俗的で広がりのある文化が生まれています。
例えば武将達は豪壮華麗な装飾の施された武家住宅の建築を競い、人々は美しい丁度品を集めていたようです。
ただ一方で豊臣と徳川の一触即発の状況もあり、束の間の平和な世を楽しんでいたのかもしれない。
それもあってかこの時代は常識に囚われない生き方が共感されるようになります。
異風を好む感覚も生まれ、街には奇を好んだ傾奇者が溢れ、それを写した「かぶき踊り」も出雲阿国により誕生。
(画像転載元:京にて人気となったかぶき踊り「歌舞伎の創始者」)
国広は戦国時代の動乱から桃山文化が開き、そして江戸時代という泰平の世に繋がる時代に生きていました。
なので無類の切れ味を発揮したとされるいわゆる末関風の作風から、晩年の地刃が冴えて見た目が華やかになる相州伝風の作風に変化していくのも、時代毎に求められた作風という見方の方が自然なのかもしれない。
③終わりに
現代の刀はヱヴァンゲリヲンとコラボして日本刀を作ったり、るろうに剣心の逆刃刀や鬼滅の刃の日輪刀が再現されたりなど、今までの日本刀の歴史から見ればまさに異色です。
(画像転載元:刀剣散歩~ヱヴァンゲリヲンと日本刀展・弐号機仕様短刀<式波・プラグスーツ>~)
300年後の人が今の時代の刀だけを単体で見てもきっと意味が分からない。
この時代に何があったの?と間違いなくなります。
その時に「アニメ」という文化がこの時代に流行していた事を知っていればその刀の作風をすんなり受け止める事が出来ると思うのです。
なので昔の刀を観る時はやはりその時代の文化も知った方が楽しみながら鑑賞できると思った次第です。
そして、刀のコレクターで絵画や茶器など幅広く知識があり、また集めている方がいるのも、刀というものが単体では完結しない理由なのかもしれません。
刀は底知れず奥が深いですね。
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それでは皆様良き御刀ライフを~!
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