突然2kgの新米を持って、後輩がやって来た
先日、新潟に住んでいる前職の後輩ちゃんが、突然東京に突撃してきました。コロナになって一年ほど、会えていなかったのでとても嬉しく、楽しい時間でした。
成長した彼女の姿を見て、彼女を学生時代から知っている私は、なんだかとても感慨深い気持ちになりました。先輩づらしているけれど、彼女には救われてばかりだったな、と、改めて感じました。
今日は、そのお話をさせてください。
1. 私が溺愛する後輩について。
この後輩ちゃんは2個下のデザイナー。前職で、私が採用担当・リクルーターとして採用をした女の子です。
明るく元気で仲間想いの、私の自慢の後輩の一人です。こんな素晴らしい子を採用することに、私は多少なりとも迷ったことを覚えています。彼女の人生の「新卒時代」という大切な時間を、ウチに投資してもらうことが正解なのか。
悩んだ末、私は腹を括り、彼女を採用しました。私は、何があっても彼女を見捨てない。いつでも味方でいる。彼女が困ったことがあったら、地球の裏側まで駆けつけて助けに行く。そう決めて、彼女に内定証書を手渡しました。
それから数年が経ち、私が休職をしている間に、彼女もいろいろと思うところがあった様子で、別の会社へ転職しました。その転職先というのが新潟県。中々遠いところに行ってしまったな、と寂しい気持ちと、彼女を会社で最後見送れなかったこと、転職をするまで色々な悩みを抱えていたであろうに、何の話も聞いてあげられなかった情けなさ。
結局、彼女を助けに行けなかったじゃないかと、私は、布団にくるまって、唇を噛みしめました。
それからもちょくちょくLINEでやりとりをしたり、リモート飲み会をしたりして、彼女が転職を決めた理由や、今の仕事の様子など、定期的に連絡は取り合っていました。
そんな彼女から、先日突然連絡が入りました。
『先輩、明日お時間ありますか!?仕事で急きょ、東京に行く用事があって、お渡ししたいものがあるのですが!』
丁度、その日は何も予定がなかったので、快諾して場所と時間を決める連絡をしました。18時、北千住。仕事があるのが北千住あたりなのかな、と思いながら、スマホを置いてから、ふと嫌な予感がしました。
念の為連絡すると、
『ぎゃー!すみません!下北沢です!!!』
どっから出てきたんだ北千住!!!と謝罪のスタンプを連打してくる後輩ちゃんに笑いながら、ちょっとひやりとしました。本当、確認してよかった。
2. 2kgの米を抱えてやってきた。
当日、彼女は私を見かけると満面の笑みで駆け寄ってきてくれました。18時過ぎに会い、22時にはホテルに戻って仕事をしなければならない、とのこと。
近くの喫茶店に入り、ドリンクの注文もそこそこに、彼女が渡したいものがあります!と、カバンから唐突に取り出したのは、2kgの「お米」でした。
「美味しい新潟の新米です! お納めください!」
満足げにお米を掲げて私に渡そうとする彼女と、ぽかんとする私。
「美人米 こしひかり 新米」とでかでかと描かれたパッケージの大きなお米を捧げる女子は、喫茶店では若干浮いていましたが、幸いにも仕切りのおかげであまり目立っていませんでした。
ありがとう、とお礼を言って受け取ったお米はずっしり重く、新潟からわざわざこれを手持ちで持ってきてくれたのか…という驚きでいっぱいでした。
新米は水を少なめにすると美味しいんですよ、新米はこの時期にしか採れないからレアものです、と彼女はいかに新潟の新米がおいしいか語ってくれましたが、私は思わず、「このためだけに、東京駅から下北沢まで来てくれたの?」と尋ねました。
別に今の時代、通販で送ることだってできますし、お米なら全国に流通するので東京で購入することだってできます。
それをわざわざ、重たいMacや着替えと一緒に2kgものお米を持ってきてくれた意図を、私は知りたかったのです。
しかし、彼女はきょとんとした顔をして、当たり前のような顔をしていいました。
「はい!これを道の駅で見た時、何故か、これを先輩に渡さなきゃ!!!って思ったんです。美味しいお米、食べてもらわなきゃ!って、なんとなく」
先輩、ちゃんとご飯食べてのんびりするんですよ、と彼女は言いました。
実は私は、休職期間に入って、一気に食欲がなくなり、一か月で3kgほど痩せていました。食後の薬を飲むために食事をする、という感覚で、時間になったら何かを口にして薬を飲む、という生活を続けており、正直ちゃんと栄養バランスのとれた食事はしていなかったと思います。
しかし、そんなことは彼女には微塵も言っていませんでした。それでも、彼女は「なんとなく」私に美味しいお米を食べてもらいたいと思って、はるばる新潟から2kgのお米を背負って、やってきてくれた。
なんだよ、助けてもらっているのは、私のほうじゃないか、と私は嬉しくて、情けなくて、泣きそうになりました。
けれど先輩の意地で、そこはぐっと我慢して、ありがとうね、と微笑んで、堪えました。
3. 自分を自分で幸せにしてね、と。
私はかつて、彼女がいるから、会社を辞めてはいけない、と思っていた時期がありました。
彼女に、絶対に今よりいい会社にしてみせるから、一緒に働こう。そう約束をしていたので、その約束が果たされるまで、私はこの会社を去るわけにはいかないんだ、と意地になっていた時もありました。
きっと、背負い込んだ気持ちは、彼女にも伝わっていたのだと思います。
私が、前職を退職したという話を彼女にした時、彼女はほっと安心したような顔をして「やっと、解放されたんですね」と、言いました。
彼女は私の大事な後輩で、彼女のためならどんな仕事だって頑張ってやり遂げると思っていたけれど、そんな私の姿は、彼女の目にどう映っていたのでしょう。自分が枷になって先輩を苦しめている、なんて思わせていたら、それは本当に本末転倒です。
帰り際に、私は後輩ちゃんに、「今、幸せにやってる?」と尋ねました。彼女は、忙しいけれど幸せです!と、答えてくれました。
「今の会社は、前職とは全然違って、まだまだ未完成なところが多いんです。だから試行錯誤で大変ですけれど、改めて、最初に入ったのが前職でよかったなーって、思います」
立ち戻れる場所がある、って大切ですよね、と彼女は言いました。
その立ち戻れる場所は、前職のことを指しているのか、それとも、私と彼女が数年間、紡いできた絆、教え、学びを指しているのか、私はあえて聞きませんでした。
きっと全部ひっくるめて、彼女は言ってくれているんだろうと、2kgのお米を抱えながら、私は思いました。
彼女は自分で自分の幸せを掴みに行っている。だから私も、誰かのためとかじゃなくって、自分のために幸せを掴みに行かなきゃいけないな。
後輩ちゃんは他愛のない話ばかりして、何も言わなかったけれど、どうか自分で自分を幸せにしてください、と、彼女から言ってもらったような気がしました。
改札を通って、姿が見えなくなるまで手を振って、後輩ちゃんは東京駅まで慌てて戻って行きました。これからデザインの修正をしなければならないと言っていたので、寝るのはきっと夜遅くなるでしょう。今度は私が、よく眠れる枕とかを持って、新潟に突撃しに行こうと思いました。
そのためにまずは、この美味しい新米を食べて、元気になろう。