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江戸の尺八指南所☆式亭三馬の滑稽本『浮世床』より
黒沢琴古シリーズ☆其の二
前回のnoteに、次回は指南所について、なんて書きましたが、江戸時代の作家、式亭三馬の書いた「浮世床」に尺八指南所が登場する。
指南所について分かりやすいので、まずはこちらをご紹介。
「浮世床」とは、今で言う床屋のこと。男性の髪を結い、髭や月代などを剃るところで、町屋で借家して営業していた。
同じように、尺八の指南所、ようは尺八教室も間借りして稽古をしていたのだ。
この本は、文化10〜11年(1813〜14)に書かれた。
式亭三馬の肖像はこちら↓
式亭三馬(しきていさんば) とは、
安永五(1776)生~文政五(1822)年没
地本(大衆本)作家で薬屋、浮世絵師。版木師の家に生れ、地本問屋に奉公する。
戯作者(18世紀後半頃から江戸で興った通俗小説などの読み物の総称。明治初期まで書かれた)となり、作家と出版屋を兼業。1809年の『浮世風呂』が大流行する。34歳から売薬の販売製造を始め、著書で薬を宣伝し、薬の客が読者にもなるという好循環が生まれ「江戸の水」は大いに売れた。
「江戸の水」とは化粧水のこと。
↑中央区観光協会特派員ブログにとても分りやすく式亭三馬のことが書かれています。
今で言うところの、タウンページか買い物ガイドのような案内書「江戸買物独案内」にも式亭三馬の名で「江戸の水」が宣伝されている。
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国会図書館所蔵
『江戸水福話』より、式亭三馬のお店であるとのこと。
こちらは見出し画像にもある『浮世床』の歌川国直画の挿絵↓
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国立国会図書館所蔵
「まず入口の模様をいはゞ」と、この挿絵にある看板の説明から始まる。
(略)灸すゑ所の招牌は些し左へ曲り、ひめのりありの標識はきはめて圓し。或は四角の犬這入り、或は三角の鳴子板、ひく三絃の稽古場あれば、鳴るの指南所、士農工商混雑ぜて、八百萬の相借家、神道者は店賃の、高天原に三十日の大祓いを苦に痛み、釋氏は如是我聞、長屋竝の定規を守るかと差し覗く一棟はげにも長々の浪人者、宿昔青雲の楷梯を路地板と倶に踏み外してより、猶いつまでか生の松、高砂婆としるしたる温婆の名さへ愛でたきに、鉢植の松は寒気にかじけて、千歳の齢あぶなくも、戸揚の端に幾代をや経ぬらん。栄枯貧福さまざまなる中にも、楽隠居と見ぇたる老人、紙衣羽織に置頭巾して、大路地より出で来り、浮世床の門首に停立み、隠居トン/\/\ト、叩きながら「サァ/\起きねぇか起きねぇか、遅いぜ/\(略)」
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拡大して見てみると、お灸の看板が確かに斜めに掛かっていますし、「ひめのり(洗い張りや障子張りなどに使うのりの事)」の看板は丸い。
「弾く三味線の稽古場に、鳴る尺八の指南所、士農工商混雑ぜて、八百萬の相借家」
このくだり、最高です♡
高天原とは、『古事記』に含まれる日本神話および祝詞において、天照大御神を主宰神とした天津神が住んでいるとされた場所のこと、釋氏とは、僧侶のことで、どちらも神仏に仕える職種でありながら、店賃(家賃)の心配をしていたということなのでしょうか。
「宿昔青雲の楷梯を路地板と倶に踏み外してより」
このくだりもたまりませんなぁ。
宿昔青雲とは、中国唐代の政治家で詩人の張九齢(673年~740年)が書いた漢詩のなかに出てくる言葉。
「照鏡見白髪」 鏡に照らして白髪を見る
張九齢
宿昔青雲志
蹉跎白髪年
誰知明鏡裏
形影自相憐
しゅくせきせいうんのこころざし
さたたりはくはつのとし
たれかしらんめいきょうのうち
けいえいみずからあいあわれまんとは
〈訳〉
その昔、青雲の志(高位、高官の地位にのぼろうとする志。立身出世しようとする希望)を抱いていたが、甲斐もなく白髪になってしまった。そして、鏡に写った自分と憐み合うようなことになろうとは、一体だれが予想しただろうか。
若い頃の志を路地板とともに踏み外す。
もう救いようが無い決め言葉。
長寿の代表、高砂婆が登場し、「相生の松」かと思いきや、鉢植えの松が長屋に人間同様生きながらえている、というような有様が描かれて、「栄枯貧福さまざまな」人々の中に、ようやく紙衣羽織に頭巾を被った老人が、床屋の客として現れるのです。
長屋と言えば、私も言わば「長屋のような」と形容されるようなアパートに今現在住んでおりますが、若かりし頃も、そういった借家に住むのが好きで、あえて古い借家を探して住んでおりました。
まずは不動産屋に行って、
「二万以上は出せません」
という。
そういった物件は表には出ていないので、担当の人が私の恰好を一瞥し、「じゃ、ちょっと待って」なんて奥の方からゴソゴソして探して来るのが、どこの不動産屋にも一軒くらいそういった物件があるのだ。
ようは、リフォームしていない、畳も変えていない、壁の薄いアパートだ。
まず最初に決めたのは、六畳、三畳の借家で、四軒同じ借家があって、他三軒は全部お年寄りが住んでいた。
家賃二万円。当然風呂無し。
でも小さな庭付き。
玄関の鍵は壊れていたので、いつも庭の窓から出入りしていた。
トイレは一旦庭の窓から出てすぐ。もちろん和式。
時々、斜向いのおばちゃんに大声で「おねーちゃーん!」と呼ばれることがある。
足が悪いのでこっちに来られない。
何かと言うとだいたい「コロッケ買い過ぎたからあげる」と言ってコロッケをくれるのだった。
そこは老朽化で立ち退きになってしまった。
次は一軒家の二階。家賃二万二千円。
隣と隣がくっついた家が並んでいる繊維問屋街の一角だった。町内会に入っていたので、回覧版が回ってきた。定期的に近所の小さな神社の掃除に近所の人が集るのだ。
下が縫製屋さんで、向かいがプラモデル屋さん。
プラモデル屋に回覧版を持って行くと、店内の奥が自宅で、いつも親子三人が炬燵に入っていた。完全に世間から取り残された感じの一家だった。
その貸家の窓は木製で鍵はネジ式。どれだけネジをきつく締めても隙間が開くので、真冬の吹雪の時は家の中に雪が入り込んでいた。
銭湯では名前は知らないがみんな顔見知り。湯船でうたた寝をしていると、「ねーちゃん寝るなー」とよくお湯をかけられた。
東京に来て最初は、六畳一間とキッチン。三世帯が横並びの2階建てのアパート。
下の階に大家さんが住んでいて向かいは大家さんの親戚の親子が住んでいた。うちの隣の住人が劇団の女優で、その奥が夜の仕事のお姉さんだった。
奥のお姉さんが飼っていた猫は、その辺でよく昼寝していたので、みんなで可愛がっていた。彼氏がしょっちゅう代わっていたが、ろくなヤツがいなかった。
ウチのトイレの場所が隣と相向かいで、壁が薄いため向こう側の人の気配が手にとるように分るので、居ることが悟られないようにどのタイミングで水を流そうかよく迷ったものだった。
それこそウチの口喧嘩なんて筒抜けだったと思う。
雨が降って来ると、隠退した向かいのおじちゃんが「雨降ってきたよー」とこれまた大声で教えてくれたものだった。ベランダが無いアパートなので洗濯物は吹きさらしなのだ。おじちゃんはいつもアパートの階段で煙草をふかしていた。
ここも建て替えで立ち退きになってしまった。
そして現在、とてもよく喋る沖縄出身のおばちゃんが隣に住んでいるが、アイスクリームを買って帰った時だけは、玄関先で絶対に会いませんようにと密かに願って帰るのだった。喋りだしたら、全く止まらないのだ。
このような環境で尺八を吹いてきたわけですが、いままで一度も尺八がうるさいと言われたことはない。
ただし、アパートの住人は誰も、朝出勤して夜帰宅、なんて規則正しい仕事をしている人は居ないのだけど。
さて、どうでもよい自分の話の方が長くなってしまいましたが…、
「浮世床」の式亭三馬が生きた時代はちょうど琴古の二代目、三代目が活躍した時代。
初代琴古も本則を持った色んな人に習っているし、こういう長屋で教えていたのだと思うと嬉しくなってしまう。
私は最初の尺八の先生の個人の稽古も、神社の物置だったり、河原の駐車場だったりした。
昨今の尺八教室というと、いかにも立派な家の前に「尺八教室」なんて看板があったり、あとは公共施設であったりするようですが、浮世床にあるように、誰かの家の空いた部屋なんかを稽古場にするってのもいいですね。スナックの2階とか、それこそ月曜日の床屋とかね。
どなたか、空いてる部屋、稽古場に貸してくれないかなぁ。
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