復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』28話目
それで、アルトゥールは静かに尋ねた。
「ハイランはきっとジェナーシア共和国の法を犯しているだろう。それもかなり。そこを押さえれば、僕たちは法の観点から見て、罪を犯さずには済む」
けれど暗殺を望むのなら。
「僕にはそれは出来ない」
「老婆の願いを叶えるために、ジュリア様がおられる場所にあっしと侵入しなさったのに、ですかい?」
「ああ、そうだな。誰かハイランに復讐を願うのか?」
それなら代償が必要だよ。紫水晶の色の瞳の青年神官は、言外に示した。この場にいる他の三人とも、それを察してくれた。
「復讐したいほどの事をされたら」
ヨレイは今では視線を強くして、アルトゥールをじっと見ていた。艶めかしい態度は消え失せていた。
「もう、その時は手遅れだと思うの」
「そうかも知れない。でも君たちは全くの無力な者ではない。自分の身くらい守れるはずだし、僕には代償を支払わない者を助ける義務はない」
やや、という以上に冷たい響きの言葉として聞こえるように。あえて告げる。
「でも彼はネフィアル神官よ。あなたには責任があるのではないかしら」
アルトゥールは鋭い視線をヨレイに向けた。それは彼自身思う点ではあるが、全面的に信頼出来ない相手から言われたくはなかった。
「待って。怒らせるつもりはないわ。裁きの代償は無理でも、金貨はお支払いするわよ。あるいは、持ち運びし易いように高価な宝石でも」
「ああ、そうだな。そんな対価であってもかまわない場合もある。でも暗殺は別だ。勘違いしないでくれ。ハイランを危険だと思うのは僕も同じだ。何とかして奴が法を犯した証拠を押さえたい」
「分かったわ。どこを探せばいいと思うの?」
「もう一度、ベンダーランの屋敷に戻ろうと思う。ヘンダーランは知っているな?」
「ええ。もちろんよ。どうなったのかも知っているわ」
「では、あっしが忍び込んで探しやしょう。ジュリアン神殿の人らに出くわさないように」
「頼んだぞ、ロージェ」
ここで、これまで黙っていたリーシアンが、
「ジュリアン神殿、ではなく聖女様とは協力したらどうだ?」
と、口を出した。
「ジュリアが僕の言う事を聞くとは思えないが」
「ま、今回は何とかして力を貸してくれるように言うしかないんじゃないか。ハイランのことは、聖女様もどうにかしたいだろうしな」
「ハイランのことはジュリアもどうにかしたい。そうだな、確かに」
アルトゥールは繰り返した。ほとんど無意義の言葉だった。
「あまり気が進まないみたいだな」
「協力してくれるかどうかは彼女次第だ。こちらから強制は出来ない。それに」
と、ここでいったん言葉を切る。
「それに、なに?」
ヨレイは目を細めて、少しだけ警戒する様子を見せた。ジュリアを信用はしていないのかと、アルトゥールは思う。
ロージェの方は違う。違うはずなのだ。以前、更生のための施設に忍び込んだ時と、彼の考えが変わっていないのであれば。
「彼女は、あくまでも彼女自身の信仰と信念のために動く。僕らは彼女に強制は出来ない。僕もするつもりはない」
「それは、かまわないわ」
ロージェも深くうなずく。そこに否やはないようだった。
「あなただってそうでしょう? 強制なんて出来はしない。ただ協力することは出来るの。お互いに、了承の上で」
「それでは、僕らは危険な存在だと、共通の敵だと認識したハイランを、何とかしてこのジェナーシア共和国から排除する」
アルトゥールはそこで言葉を切った。ジェナーシアの法を犯した証拠を押さえるのだ、とは言わなかった。
当面の目的はそれなのだ。だが、あえて言わなかった。
――もしも裁きの代償を差し出して、復讐を願うなら。
その時には。
ネフィアル神官の青年は、あえてそれを口にしなかった。
続く
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