復讐の女神ネフィアル【裁きには代償が必要だ】第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第24話
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魔術師ギルドの者たちの中でも、とりわけ野心的な者たちは言った。
「水をワインに変え、食べ物を何もない空中から取り出し、不浄なる生ける亡者を消滅させ、失われた手足を再生させ、見えない目、聞こえない耳をよみがえらせ、また死者をも生き返らせることが出来たなら、どんなにか素晴らしいことでしょう!」と。
グランシアの友人の女魔術師がそう言うのを、アルトゥールは聞いたことがあった。
そんなことは出来るわけがない、とは言わないでおいた。ひょっとしたら出来るようになるのかも知れなかったからだ。 多分、千年の後には。 あるいは二千年、三千年後かも知れない。
それに魔術のためにどれだけの人材と資金と物資と時間が費やされるのかも不明だ。
それを承知で、魔術師ギルドは不可能を可能にしようとしているのだろうか。アルトゥールにはそこまでは分からない。
とにかく、今大事なのは マルバートンと彼が運び出した書物、そしてヘンダーランの件の後始末だ。
ハイランは放置していていいのだろうか。 考えてみればリー シアンの言う通り、ひどく道に外れた真似をしでかしたわけではない。少なくとも今のところは。
少なくとも今のところは。
アルトゥールはハイランについて話した。自分が考えている通りのことを話したのである。
無論アルトゥールは、北の地の戦士がやばい奴と呼んだあのネフィアル神官を、今でも危険な人物と見ている。
リーシアンの言うことも分かるのだ。 否定はしない。それでもハイランを危険視する思いは変わらなかった。
「そうなの。確かに、ほっておくのは危険ね。そいつがヘンダーランの妻と、闇の月の女神の神官を殺したのは事実なのね?」
「奴自身がそう言ったからな」
「役人には報告したの?」
「僕はしていない。ジュリアがするさ。いやそれとも、ジュリアン神殿にのみ知らせて、内々に済ませてしまうかもしれないな。ヘンダーランの醜聞が広まれば、動揺する人々もたくさんいるだろう。僕ならかまうものかと全てぶちまけてやるが、ジュリアはそうしないかも知れない」
「甘いわね、聖女様は」
「まあ衝撃を受ける者が多いのは事実さ。虐げられし人間の弱者も、人の世に受け入れられ難(がた)き人に近い魔族や魔族と人間の混血もいる。ジュリアン信徒には、そんな者たちがいる。たくさんと言っていいぐらいに。でも僕なら、ぶちまける」
遍(あまね)く全ての者に、慈愛を。
それが、ジュリアン神の教えである。
「お前の宿敵の評判を落とす良い機会だものな」
リーシアンはにやりと笑う。からかうような口ぶりだ。
「おいおい、違うぞ。ネフィアル神官のハイランがしたことも、同じようにぶちまけるんだからな」
「まあそりゃそうだ。でもお前の言う弱者が、そうしたことに耐えられるかどうか。ジュリアン信徒の多くが弱者だってのは、単に地位や財力や腕力だけの話じゃないからな」
「ああ、そうだ。僕はそれを知っている」
知っていて、あえてやろうとしている。
アルトゥールは思う。
僕は、ジュリア派と呼ばれるジュリアン神官の改革派に付いて共に行動しなかった。
クレア子爵令嬢のような、民を思う志(こころざし)ある貴族の下で働こうともしなかった。
ネフィアル女神への信仰を復活させるのだ。
それで傷つく人がいたとしても。傷つく者が善人なのだとしても。
「これらの本と巻き物、私が預かっていていいのね?」
「ああ、 頼む。本当は、クレア子爵令嬢の図書館に持って行こうとしていたんだ。でも危険な本もあるかも知れない。彼女だけならまだしも、他の図書館勤めの者まで巻き込めないよ。本の管理をする以外には、力のない人たちだからな」
「分かったわ」
グランシアはただそれだけ返事した。
クレア子爵令嬢の図書館で、知識を公(おおやけ)にすること、それでも今回は魔術師ギルドを頼ってきたことに、何を思うのか。
それは、彼女の表情からは読み取れなかった。
アルトゥールは続いて、マルバーザンが封じられていた本も渡した。
「マルバーザンが 封じられていた本はこれだ。彼は今のところ、僕には仕えると言っている」
「分かったわ」
グランシアは、再度言った。それからは、本を調べるのに取り掛かり、もう口を聞こうとはしなかった。
金髪の魔術師は、本を自分の研究室に運び込む。アルトゥールは手伝おうとしたが止められた。
「いいのよ、ここでは、これが使えるから」
研究室の奥から、木製の人形が歩いてきた。美しい少女の姿をしている、上質の木の彫刻が歩いている。
人形は本を抱えて運び出した。全く重さを感じないようである。革の装丁で羊皮紙を使った高価な本は、庶民向けの、草を乾かして重ねて作られた紙の本より重いのだが。
「便利な物だな」
「これからもっと便利になるわ」
魔術は世界を変えるのよ。
グランシアのつぶやきがテラスに吹く風に乗って流れた。
続く
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