復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の魔の奥』 第39話
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「あなたは随分と遠慮のないことを言うのね」
「それは失礼いたしました。性分なもので」
そうでなければネフィアル神官など堂々とやっていられるわけはない。
現状のジェナーシアに、ジュリアン神殿のやり方に、不満があるのだとしても他にもやり方はある。
ジュリアの元に馳せ参じるか、でなければクレア子爵令嬢のようにまともで民を思う心を持つ貴族に仕えるか。そのような道を選んだはずである。
いや、違う。もっといい道がある。単にこの状況を、あれやこれやをやり過ごすのだ。
なんだかんだで、今のジェナーシアは平和である。夜に女が一人で出歩くことは出来ないが、日の高いうちならば、だいたいは大丈夫な程度の法と秩序が成り立っている。
つまり、治安はさほど良くも悪くもないといったところだ。貧民も贅沢を言わなければ、それなりには腹を満たす物、着る物、住む場所に、そこまで不自由することはない。まあ大抵の場合は。
だから、現状でいい、そのままでいいと、全てをやり過ごして自分の身の安全だけを図る。自分の身と自分にとって本当に大切な人々の事だけを考えて生きるやり方もある。
別にそんな生き方が悪いとは思わなかった。ただ自分は、そういう生き方をやらなかっただけである。アルトゥールは、そう考えている。
「あなたは確固たる信念の持ち主。別な言い方をすれば、頑固者だと聞いているわ」
「グランシアからですか?」
おいおい、僕はかなり融通を効かせられる方だぞ、と内心で思いつつ。
「ええ。他にも、いろんな噂を聞くわ。ジュリアン神殿の方からも」
「そうですか」
ジュリアン神殿の方からも。たぶんそれは、ジュリア派と呼ばれる改革派が言っている事なのだろう、とアルトゥールは思った。彼ら彼女らは、アルトゥールを改宗させて、味方にしたがっている。
貴方がしている事は、正義感のためなんですか。ジュリアには、そう聞かれたことがあった。そうだとも言えるし、そうでないとも言えると答えた。一番正確な言い方をするなら、意地だとでも言った方がいいだろう。
「自分がやりたいからやるだけなんだよ。君には分からないだろうな」
その時、アルトゥールはいつもの癖の皮肉げな笑みを浮かべていた。
「ところで、君は人から嫌われるのが怖いかい?」
「怖くはないわ。ただ、それは悲しい事よ」
「そうか、僕は悲しいとは思わない。理解してくれる人が、誰一人としていないってわけじゃない。それで充分じゃないか」
「でも、あなたのその様子は悲しい事に思えるわ」
「そうか。なら、そう思っていてくれ。君は僕を理解していないし、しようとする気もないんだって分かるからね」
ジュリアは少しの間、沈黙した。アルトゥールは、彼女が口を開くのを待つ。
「あなたは英雄にでもなりたいのかしら?」
「いいや、そんな大層なものじゃないさ。だけどあえて言うなら、僕の存在はこのジェナーシア共和国に必要だよ。僕を嫌う人がいるなら、なおさら僕はこの国に必要な存在なんだ。君に分かるかな?」
ジュリアは首を振った。左右に。
「まさか君は、誰にでも自分は好かれると思っているわけじゃあるまいな。残念ながら、君を嫌う人はたくさんいる。それでも君はそのようにして、ジュリアン神殿の改革派として、人々の望む聖女ジュリアとして振る舞うことをやめるわけにはいかないだろう? 同じことさ」
ジュリアはため息をついた。
「ええ、そういう私を嫌う人はたくさんいます。残念だけど、それは事実ね。でも私はできれば嫌われたくはない。きっと私を嫌う人は、その分苦しい思いをしているだろうから、その苦しさを軽くしてあげたいと思うの。こんな考えは、傲慢かもしれないけれど」
「ああ、傲慢だよ」
アルトゥールは遠慮なく言った。
「君を嫌う権利が、彼らにはあるわけだからな。君に危害を加える権利はないけれど。でも嫌うだけなら自由だ。僕はそう思っている」
ジュリアは二度目のため息をついた。 これ以上何を言っても無駄だと悟ったかのような表情だ。
アルトゥールの、ジュリアに見せていた、いつもの癖の皮肉げな笑みが消え失せて、真顔になってジュリアをただ見ていた。
「聖女ジュリア、君は君を嫌う人々のことを救いたいと思ってるのか。そうだな、僕は君のことを嫌っているわけじゃない。でも君と信仰や思いを同じくするわけにもいかない。君は僕のことも、救いたいと思っているのか。このままだと僕が不幸になると思うからかい?」
「あなたが、今もそしてこれからも、不幸になるとは言い切れないけれど。そうね、私はあなたが考えを改めてくれたらいいなと思うわ。私を嫌っている人々に対しては、それは多くの場合 ジュリアン神殿の守旧派と呼ばれる人々だけど、そうね、私を嫌うのをやめてくれたらいいと思う。そして冷静に、話し合いができたらなと思うわ」
「そうかそうか、聖女様。でもはっきり言ってやる。それは真実の慈愛ではないんだよ。まあ僕が言うのもなんだが、多分ジュリアン神の慈愛ってそういうことじゃないと思うんだよな。なぜ君は放っておけないんだ? やるだけのことをやったら、あとはもう放っておくしかないって分かるだろうに」
それ以上は執着だよ。それは慈愛ではない。決して、博愛でも愛情なんかでもないんだ。と、心の中で。
「どうしても放っておけないの。それが私の罪ならば、いつかは報いが来るのでしょうね」
ジュリアは、もう何もそれ以上言わなかった。黙ってしまった。アルトゥールも黙って、それ以上は何も言おうとしなかった。
アルトゥールがジュリアとのそうした会話を思い出していたのは、ほんのごくわずかの間のことだったが、背後からグランシアが、お願い早くと声を掛けてきた。
アルトゥールは振り返らずに、片手を上げて彼女を安心させるように合図をした。
「これから始める。いつもよりも集中が必要だよ。少し静かにしていてくれ、 頼む」
こうして彼は癒しを始めた。いつもよりも長い時間を掛けて、ネフィアルへの祈りを捧げ続けなければならなかった。
続く
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