復讐の女神ネフィアル【裁きには代償が必要だ】第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第14話

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 従者は、彼はおそらく馬車の御者をしてここに来たのだろう。そう察せられるが、その忠実な男の目には怒りが燃えていた。

 従者が持つ剣は刃が短く、従者自身の二の腕の長さほどしかないが、剣先は極めて鋭く、優れた腕の鍛冶屋の鋳造によるものと見て取れた。それだけのことを瞬時に、アルトゥールは見て取った。

 まっすぐに自分の方へ向かってくる剣先を弾こうとして、メイスを横に払うが、相手の動きの方が速かった。

 従者は横に飛んでメイスを避ける。同時に剣を巧みに使いこなして、アルトゥールの左側に回り込んできた。左側面、つまりメイスを持つ手とは反対側に。

 剣先をメイスで払おうとした時に、アルトゥールから見て左側から右に払った。当然今の瞬間、左側はがら空きになっている。そこに従者は切り込んできた。かわそうとするが相手の方が速かった。

 万が一を考え、あらかじめローブの下に鎖帷子(くさり かたびら)を着込んでおいたのが幸いした。それでも鋭い剣先で突きを入れられた衝撃は大きく、鈍い痛みを左のあばら骨の下あたりに感じる。あばら骨は折れていないはずだった、多分。

 痛みでやや動きが鈍ってしまった。本当ならすぐにでも、今度は従者の頭か胴体にメイスを叩きつけてやらなくてはいけないところだったのだ。とっさに反応できなかった。

  防ぎ切れずに、立て続けに突きを食らう。しかも同じ場所にだ。従者の戦士としての技量は確かで、アルトゥールとしても苦戦せざるを得ない。

 しかしようやく反撃する。刀身の短い剣より、メイスの方が重い。剣戟を真っ向から受け止めて、跳ね返す。従者はその重い反撃によろめいた。すかさず、肩に打撃を入れる。

 従者は身を守る鎧を身に着けていなかった。

 ラモーナの悲鳴が何度も聞こえる。悲鳴は徐々に弱々しくなっていった。もうじき、気を失うのではないかと思われた。従者はまだ闘志をみなぎらせ、令嬢の方を振り返らない。

「そんな場合ではないだろう、なぜ逃げなかった?」

 アルトゥールが問い掛けた。もう無駄だと思っていたが、それでも言わずにはいられなかった。今でもラモーナを連れて逃げてくれればいいと思っている。そしたらもう追わない。ハイランはそういうわけにはいかないが、この二人は 逃げてもらってもかまわない。

「やめて、お願い、やめてよ……」

 ラモーナの嘆願の声がまた聞こえた。誰に向かって、何をやめて欲しいのかは分からない。ひょっとしたら、彼女自身も分かっていないのかも知れなかった。

 従者に戦いをやめて、自分と共に逃げて欲しいのだろうか。それともアルトゥールに自分たちを許して欲しいのだろうか。つまりハイランがしたように。

「今からでも遅くはない、ラモーナ子爵令嬢を連れて逃げなさい。ここで戦っても無意味です」

 今度はアルトゥールも、裁きの代償については触れなかった。それに触れれば、またしても逆上させるだけである。

 もしもこの件が災いして、人を裁くということを、復讐するということを甘く見るようになるのなら、その時こそ彼ら二人には破滅の運命が待ちかまえているだけだ。アルトゥールはそう考えていた。

 甘く見るなら、私怨を優先し続けるなら、おそらく破滅する運命になるだろう。そういった道を歩んで生きていけるほど強くもなければ覚悟し切ってもいない。

 基本的に二人とも悪人ではないのだろう。ただ、あまりにも自分たちの思いにだけ凝り固まってしまっている。アルトゥールはそう見て取っていた。

 この間、アルトゥールは相手の剣の突きをメイスで受け止めて、互いに押し合う形になっていた。説得しても従者は聞き入れそうにない。アルトゥールは、従者に言い聞かせるのは止めて、癒しの神技を自分自身に使った。

 リーシアンはハイランの方を相手にしていた。ジュリアはメイスをかまえたまま戦いに参加しようとはしない。代わりにリーシアンの後ろで防護の神技を使っていた。

 その時ハイランは、金色をした小型のドラゴンを召喚した。それはこの場にいるハイラン以外の全員が初めて見るが、ヘンダーランの屋敷に入る前に呼び出したドラゴンと同じである。

 リーシアンは、金色の光の姿をしたドラゴンの体当たりを受けて思いっきり後ずさりをした。転倒しなかったのはさすがであるが、背後に立っていたジュリアにぶつかる形となる。

 ジュリアが驚いた声を上げる。この二人が体勢を立て直さないうちに、ハイランは背を向けて逃げ出した。

 金色のドラゴンは残ったまま、リーシアンに相対している。

「待ておっさん、卑怯だぞ!」

 リーシアンはハイランの背に叫んだ。

 ハイランは何も言わず、何も答えなかった。ただ走って遠ざかる。足は年齢の終わりに素早く、じきにその姿は見えなくなった。通りの角を曲がってその姿を消したのである。

「さあ、これであなたが戦う理由はもうなくなったでしょう」

 アルトゥールは従者に言った。

 だが従者は、剣での攻撃をやめようとはしなかった。

「ラモーナ様に、お嬢様に謝れ!」

 従者が退かない理由は明確となった。アルトゥールが、ラモーナを罪のない無垢な貴婦人として扱わぬ限り、彼は退くつもりはないのだろう。

 完全に私怨ではないか、とアルトゥールは思うが、それを口に出しては言わない。

 ハイランは去ったが、リーシアンとジュリアは金の光のドラゴンだけで手一杯である。従者はアルトゥール一人で、何とかするしかなかった。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

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