復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の魔の奥』 第41話
「やれやれ、終わったか」
背後からリーシアンの声がした。彼もまた、ゆっくりとその巨体を揺らしながら近づいてきた。
いつも腰からぶら下げている戦斧は、今は背負い袋の中にしまいこまれていた。腰から斧を下げる際にも一応、 刃の部分には皮袋をかぶせてある。
それでもその物騒さを完全には隠し切れない。巨大な刃を思わせる外観は変わることがない。
革袋をかぶせるのは、一つには刃を痛めないためでもあるし、もちろん見る者に無駄に警戒心や恐れを抱かせないためでもある。
「俺の斧は、取り上げられるかと思っていたんだがな」
と、リーシアンはグランシアに言った。
「あなたのことは信用しているからよ。このギルド全体がね。私だけでなく。もちろんアルトゥールの事もよ。でなければ、こんな奥の方にまで入れないのよ。私にもこんなところまで通してあげる権限はないの。許しがあったから通すことができたのよ」
と、グランシアは答えた。リーシアンとアルトゥールの顔を交互に見ながら。
「リーシアンと僕を味方に付ければ、ギルドにとっても損にはならない、そうですね」
アストラは微笑んだ。まだ横たわったままで、上体を起こしてはいなかった。
「そうであることを祈るわ」
「祈るのですか」
意外な気がした。魔術師は誰かや何かに祈ったりはしないのだと思っていたからだ。少なくとも、封印されていた魔神を、承知で危険を使役などと試みるような魔術師は。
「私だって祈りたい時はあるのよ。知識と知恵の神に祈るのよ。ネフィアルやジュリアンには及ばない程度の力しかない神だけれど。クレア子爵令嬢も同じ神に祈っておいででしょう」
アルトゥールは、用心するようにそっと訊き返した。
「クレア子爵令嬢をご存知でしたか」
「図書館の話は有名よ」
アルトゥールは、クレア子爵令嬢から、図書館は魔術師ギルドによく思われていないと聞いている。その事を、アストラは知っているのだろうか。
アルトゥールは、単刀直入に尋ねることにした。
「クレア子爵令嬢の図書館を、いかがお考えですか?」
「私は反対しないわ。でも、何かあった時の責任は、令嬢がお取りにならなくてはね」
「マルバザーンの封印されていた書物は、クレア子爵令嬢とは全く関係がありませんよ、ご存知でしょうが」
「ええ、それはグランシアから聞いているわ」
──世の中には、信じがたい馬鹿もいるもんだからな──
リーシアンの言葉がよみがえった。今ここで、北の地の戦士自身はどう考えているだろうか。
やれやれ、腹の探り合いか。知識や現実とは違う創作物を、広く世に公開するのは危険だと、そう思うならはっきり言ってくれたなら、とアルトゥールは思う。
「ネフィアル神官のあなたに、お願いがあるのよ。聞いていただけるかしら?」
「お願いとは?」
と、アルトゥール。それに答える前に、
「あなたにもよ、北の地の戦士さん」
と、アストラは呼び掛けた。
ハイランをジェナーシア共和国から排除して欲しい。
アストラは、そう言った。
「ハイランをご存知だったのですね」
「ええ。魔術師ギルドにも、それなりの情報網はあるのよ」
「しかし、何のためにです」
「これは魔術師ギルドとしての正式な依頼よ、ネフィアル神官さん」
アルトゥールは、ゆっくりとグランシアを見た。グランシアも、驚いた顔をしている。聞かされてはいなかったのだ。
「ハイランに復讐を望む、ということですか?」
アストラは頷いた。
「魔術師ギルド全体が、僕の依頼人になるのですか?」
「さすがにそれは無理ね。ギルドも完全な一枚岩ではないわ。でも、私の権限でやるわ。依頼人は、私一人でお願いするのよ。グランシアを巻き込みたくはないのでしょう?」
アルトゥールはグランシアの顔を見た。
「アストラ様! 私は聞いていません!」
「そんな顔をしないで、グランシア」
「いや、私は嫌です」
「グランシア、君には悪いが裁きの代行を──ジュリアン信徒は単なる復讐だと言うだろうが──代行をさせるのなら、必ず代償は支払わなくてはならない。君の師匠でも、それは譲れないな」
「証拠をつかんでハイランを役人に突き出せばいいわ。何も裁きの代行である必要はないでしょう?」
「もちろん僕はそれでもかまわないが、それでは受けただけの害を相手に確実に返す事は出来ない。ま、知っての通り、今のジェナーシアの法は甘いのさ。だからこそ、僕のような人間も自由にやれるわけだが」
アルトゥールは、治癒の神技を使う際に、寝台の脇の椅子に掛けていたが、立ち上がって壁際に置かれていた二脚の椅子を持ってきた。
「失礼、話が長くなりそうなので、二人も座らせてやってください」
「いいわよ」
アストラは苦笑していた。アルトゥールは、あらためてグランシアの方を向く。
「ジュリアン神官たちは分かっていない。ネフィアル信仰を抑制したかったら、法規をもっと厳正にすればいい。そうすれば、僕に頼る人間はあまりいなくなる。僕の活動も制限出来る。皮肉にも法規の甘さが、僕の活動も自由にさせてるってわけさ」
「お前だけじゃないさ。お前の言う『裏通りの店』の連中もそうだし、荒事師なんて呼ばれる者たちもさ。ま、俺もその荒事師なわけだがな」
「でもさすがに、勝手に殺してしまうわけにはいかないわ」
「そうだよ。ネフィアル信仰を忌避していながら、その力の強力なのは皆知っている。確実に有罪の者と判断出来る。それが強力な神技の働きってわけだ」
アルトゥールは、ここで黙った。
「あなたは強力な味方になるわ。魔術師ギルドのね」
アストラは、心から、といった口ぶりでそう告げた。
続く
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