復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第8話
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貴族の令嬢を乗せた馬車は、ヘンダーランの屋敷の前で停まった。彼女は子爵の位を持つ父親の娘である。 その父親は今はいない。
令嬢は若く美しかったが、どこかやつれた雰囲気を漂わせていた。その雰囲気だけは、まるで人生に疲れた中年の女のようでもある。
疲れた様子は明らかに子爵令嬢の若さも美も損なっていたが、不思議と保護欲をそそる魅力も醸し出されていた。
令嬢は閉じられた門の前で立ち止まった。馬車の御者が降りてきて、彼女の隣に立った 。御者は叫ぶ。
「ごめんください、開けてください。ラモーナ・デル・エスカラント子爵令嬢がお着きです」と。
立派な門構えからは、中の様子は見えない。 門は分厚い木製の頑丈なものであり、鉄格子で出来た物ではないからだ。
アルトゥールたちは、門を開けたのではなく、塀を乗り越えて入った。門は固く閉ざされたままだ。
「ハイラン様は、いかがなさったのでしょうか」
令嬢の弱々しい声が微かに空気をふるわせた。
「ここで待ちましょう。おそらく中は危険です」
御者はそう言って、令嬢を再度馬車の中へ導こうとした。その態度はうやうやしく、丁重である。心からの忠誠心が外側にも表れている。
すでに日は高くなっていた。まだ昼にはならぬが明るくて暖かい。令嬢は御者の気遣いに従わず、ぼんやりとしたように立っていた。まだその目は門を見ている。正確に言えば、門の向こう側を透かし見たいと望みながら、まなざしを注いでいた。
「私を助けてくださるのでしょう?」
門の向こうに声が届くはずはない。その声はあまりにも小さく、頼り無げに聞こえる。そよ風の音にさえ、さえぎられてしまうかのように。
「そうです、ハイラン殿はラモーナ様を助けてくださいます」
御者は厳かに言った。彼もまたハイランとさして変わらぬ歳に見える。厳(いかめ)しいとまでは言えない、しかし落ち着いた物腰には、高貴な者のそば近くに仕えるに相応しい品がある。
ラモーナは朝焼けの色のドレスを着ていた。髪の色とよく合っている。赤い色の髪は、高貴の身には良くないとされ、黒か金、または栗色に染めることが多い。
ラモーナの髪は赤いままだ。赤いままにしていた。そうしていいと言われたから。それはここにいる御者と、ハイランがそう言ってくれたのだ。
彼女は、赤い髪が理由で自分を虐げていた母親から解放されていた。母親は、ラモーナと同じだけの苦しみを今は味わっている。ラモーナは、何らの代償を支払うこともなく、その復讐を成し遂げたのだ。
何らの代償を支払うこともなく。
一方、ヘンダーランの屋敷の中は静かだった。今は亡きヘンダーランの屋敷の中は。
馬車の音は中まで聞こえていた。
「来たか」
「誰がですか?」
アルトゥールは、そっとメイスの柄を握り締めた。今は腰に下げているが、いつでもかまえられるようにしていた。
「私の依頼人だ」
意外にもハイランはあっさり返答してくれた。ジュリアは息を呑み、
「では、貴族令嬢がこちらに?」
「ああ、そうだよ。ラモーナ・デル・エスカラント子爵令嬢だ」
ジュリアに対するハイランの態度は、アルトゥールに対するよりも優しげである。同時に、その態度の奥底には、底知れぬ何かが感じられもした。ジュリアも同じように感じているだろうか、とアルトゥールは思う。
ラモーナなる令嬢の名を、アルトゥールは知らなかった。ジュリアもリーシアンも知らぬようだ。貴族の中でも、名の知られている貴婦人ではない。それは確かだった。
「何故ここにおいでになるのですか?」
ジュリアは、やや遠慮がちに尋ねる。ハイランを、ではなく、令嬢の身を慮(おもんばか)ってのことであろう。
「もちろん、ヘンダーランがどうなったのかを知るためだ」
「子爵令嬢は、どうしてヘンダーラン大神官を裁いてくれとおっしゃったのですか?」
「ヘンダーラン大神官が犠牲にしたのは、貧しい乙女の身売りだけではなかったのでね」
「身売り……」
「身売りといっても大した額も払わずに、いいように使ったと言った方が正しいな。あなたたちは、ずっと知りながら放置していた。そうではないかね」
「それは……何と言われてもお詫びのしようはありません。けれど」
「いやいや、お嬢さん、君が責めを負うことはない。どうだね、ここで一つ、ネフィアルに改宗してみないかね」
「いきなり何言い出すんだ、おっさん」
ここで異議を唱えたのはアルトゥールではなく、リーシアンの方だった。ジュリアをかばっているのか。
いや、それもあるだろうが、横暴なネフィアル神官に対する反感が大きいのだろう。アルトゥールは、横から口を出す必要を感じた。
「ジュリアは改宗なんてしませんよ。僕たちがしないのと同じようにね」
「そうだよ、我々は決して改宗などしない。正しい教えに従っているのだからな。だがこのお嬢さんにはネフィアルに改宗してもらおう。正しい教えに従うのは当然の事だ。我々がジュリアン神に改宗しないから、こちらの聖女も改宗しなくて良い、のではない。我々は正しい教えに従っているのだ。だからお嬢さんは改宗するべきだ」
少なからずアルトゥールは、本気で不愉快になった。この態度はまさに堕落した今の多くのジュリアン神官そのものの態度であり、更に言うなら彼の実の父親の態度のようでもあった。
続く
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