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緊張感に耐えられないのは能動性の欠如である

 前回の記事はこちら。

 現実の人間の話はしない。あくまでもフィクションの話であり、なおかつここでは主人公に限定する。さらに、ここで描くのはハイファンタジーである。現実とは違う世界の物語の断片だ。

 緊張感がもたらされる状況は様々だろうが、ここでは、完全に敵対しているわけではないが、完全には相容れず、対立している相手との関係性に絞る。

 敵にまわるか、味方に付けることができるか、分からない状態の相手と言ってもいい。

 よくウェブ小説界隈のTwitterXで見たのは「主人公に味方するか、敵対して倒されるかの二つだけであり、それ以外の微妙な関係性はいらない」だった。

 まあ例外はあるだろうが、ウェブ小説で受けやすいのは、そんな物語構成が多いのだろう。

 もう一つは「男性をメインターゲットにしたフィクションでは、主人公は問題解決できなくてはならないから、すっきり敵味方に分かれないような状況で長引かせてはいけない」だった。

 ではここでまずは 言われる通りに、すっきり敵味方に分かれる状況をさっさと作るタイプの物語の断片を書く。

 ◆

 俺は伯爵が差し向けてきた使者にはっきりと「それは違う」と言ってやった。さらに
「交渉の余地なんてないな」と言い切る。

 使者は「それでは困ります」と言う。俺がはっきり言ってやったら、顔が青くなった。ここまで強く出られるとは思っていなかったのだろう。

「俺が助けた娘の村に、早く物資を送れよ」

 再度こちらの要求を告げる。

「しかし、伯爵様は……」

「くどいぞ」

 俺はそっと水晶球に封じた魔精霊を呼び出した。

 ここまでとする。

 前回の記事でも書いたが、人間の能動性は四段階に分けられる。極めて能動的な、やや能動的な、やや受動的な、極めて受動的な、の四種類である。

 ご紹介した主人公は、極めて受動的な主人公になっているはずである。

 極めて受動的であるとはどういうことか? 論より証拠で、書いた小説を読んでみて、そこから放たれる、得も言われぬ受動的なエネルギーというか、オーラを感じ取ってほしい。

 人それぞれ感じ方は違うと思うが、私としては、かなり重苦しく感じられ、なにかこちらのエネルギーを吸い取られるような気がする。

 ま、それが私の感じ方である。

 ちなみに私自身は極めて能動的な人間である。そのせいか、私が自然に書く主人公は、極めて能動的な主人公となる。意図しないで好きに書くと、ほぼ毎回極めて能動的な主人公になる。

 さて、それではすでに書いた小説の断片の、極めて受動的な主人公を、即決即断で敵に回してはまずい人物と相対させてみよう。

 俺は伯爵の差し向けてきた使者に会っていた。伯爵は、このあたりの物流を一手に支配していて、安易に敵には回せない。

 水晶球の魔精霊も、こうなっては役立たずだ。

「俺が助けた娘の村に、物資を送ってはもらえませんか?」

 俺は下手に出ることにした。それしか方法が無いと思ったからだ。

「ほう、それならばこちらからも貴方にお願いしてよろしいか?」

「は、はい。あの、俺でできることなら」

「それでは、物資を送る前に、その魔精霊をこちらに引き渡してもらいましょうか」

「え、そ、それは……」

「できないなら、物資を送る話も無しです」

「そんな……」

 俺はどうしてよいか分からなくなった。

 最初にお見せした小説と、全く同じ主人公である。この主人公が決断力有りげに見えていたのは、伯爵に対する絶対的な優位のためである。

 その優位が崩れれば、男性的な問題解決能力が決して高くはないのが明確になるのである。

 それでは前回同様、極めて能動的な主人公で、同じようにやってみよう。

 俺は伯爵からの使者を出迎えた。伯爵はこのあたりの街道をすべて支配下に置いている。俺が助けた娘のいる村に物資を送るためには、伯爵を敵に回すわけにはいかなかった。

 しかし同時に、伯爵は、俺のような自由な立場で行動する魔精霊使いを嫌っているのも知っていた。何とかして、俺を常雇いにしようとしてくるはずだった。

 はずだ。まさかいきなり殺しはすまい。こうして使者を送ってきたということは、交渉の余地はあるのだろう、たぶん。

「お初にお目にかかります」

 使者に対して、俺はそれなりに丁重な態度を示した。こんなところで、変に反感を持たれてはまずい。

「伯爵様は貴方の功績をご存知です。そして、貴方に相応しい褒賞を与えたいとお考えです」

 ああ、やはりそうきたか。内心を押し隠して、感謝の意を表す。

「それはありがたいおおせです。それでは先に、俺が助けた娘のいる村に、物資を送ってはいただけませんか?」

「それはかまいませんよ。領民の安寧は伯爵様も望まれることです。ただし、貴方は決して伯爵様も楯突くことはないと、保証していただきたい」

「楯突くことはありません」

 俺は断見してみせた。

「決して」

 しばらく、使者は黙っていた。俺も黙って相手を見ていた。

 結論を出さないままだが、とりあえずここで終わる。

 私は性格的に「極めて能動的な主人公の話が一番なんだよ!」とは吠えられないのだが、吠える代わりにこうして比較対象を出すことにした。

 今後もこのような比較対象を書くことがあるかも知れない。

 自分で書いて言うのも何だが、極めて能動的な主人公のストーリーからは、清々しく明朗なオーラが出ていると思う。

 しかしそれはあくまでも私の感じ方で、他の人は違うだろう。

 たぶん、このような交渉シーンを面倒くさいとか、爽快ではないと感じる人もいると思う。

 ただ一つ言えるのは、自分の感じ方が全てではないということである。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。また次回の記事もよろしくお願いします。

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片桐 秋
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