英雄の魔剣 55
ユスティーナの死をアレクロスが知ったのは、高潔で知られたその女騎士が、マルシェリア王女と共に旅立ってから、ふた月ばかりが経った時でであった。
ユスティーナは、おそらくは奮戦し、しかし勝てなかったのであろうと見て取れた。遺体を発見したのは、《山の種族》が暮らす丘陵地帯の近くに暮らす農民であった。村の近くの街道に、女騎士は倒れていた。農民が見つけた時には、すでに事切れていた、という。
「ユスティーナは国葬としてやりたい。まだ爵位を与えるどころか、王宮勤めのための行儀見習いさえ終わらせてはいなかったが、それくらいの我がままは許されるだろう」
アレクロスの言にセシリオはうなずく。
ここは《研究所》である。まだ早朝のうちにその知らせを聞いて、徹夜で作業をするセシリオのところに世継ぎの王子はやって来たのだった。
今、アレクロスは魔性の武具を身に着けてはいなかったが、髪も瞳も黒いままであった。本性も変わらない。これこそが本性だからだ。
「《山の種族》を巻き込んでしまった形になったか。ここはどうしても俺が行かねばなるまい。彼らの力を借りようとして、マルシェリア王女やユスティーナを使者にしたのはこの俺の責任だ」
「私もご一緒いたします」
サーベラ姫が言った。
「姫も徹夜だったのだろう。しばらくは休んでいてよい。セシリオも。昼を過ぎてから旅立とう。必ずやユスティーナの仇は討ってやる」
「仰(おお)せのままに」
サーベラ姫は恭順の意を示した。
次にアレクロスは謁見の間で、グレイトリア姫と話した。キアロ家の姫は、うやうやしく女騎士へを悼む心を示した。
「真に痛ましく、また残念なことです」
「俺もそう思う」
グレイトリア姫にとっては、マルシェリア王女よりも遥かに信頼に値する存在であっただろう。そのユスティーナがマルシェリア王女の護衛をしていたために命を落とした。グレイトリア姫の内心は複雑であろうが、表には出してこない。
「マルシェリア王女がお作りになった薬は、まだ残っております。《山の種族》も皆が死に絶えたわけではないと考えられます」
「そうだな。いずれにしても、これから交易品としては使える品だ。だが内海を作る話は棚上げにせねばならぬ」
アレクロスは玉座から立ち上がった。この時も帯剣だけはしているが、漆黒の鎧を身に着けてはいない。そして髪も瞳も黒いままであった。
「俺は《はいよる者》を倒しに行こう。それで当分は安泰となる。内海はそれからだ」
そうしてアレクロスは、グレイトリア姫の返事を聞かずに、そのまま謁見の間の出入り口へ向かう。
「結局は、魔物の脅威を完全に取り除くなど無理なのですね」
漆黒の剣を腰に下げた王子の背後から、姫の言葉が聞こえた。王子は答えない。召使いたちに扉を開けさせ、そのまま出ていった。