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『復讐の女神ネフィアル』第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第2話
マガジンにまとめてあります。
「あそこが狙いの家だ。神官長ヘンダーランがあそこにいる」
アルトゥールは今、リーシアンと共に狙いのジュリアン神官の居宅の近くに来ていた。平たい石版で舗装された道はここにも続く。この辺りは立派な設(しつら)えの家が多い。
「立派なもんだな」
「ああ、見た目だけは」
「中は違うのか」
「中は荒れ果てていて、およそ人の住む家とは思えないほどだ」
昨夜、使い魔としている妖精が教えてくれた。
妖精が見た光景を、アルトゥールも見ることが出来た。
妖精は、魔術や神技による守りが強い場所には入れないこともある。しかし、狙いのジュリアン神官に、そんな力があろうはずはない。
堕落した人間。それが、ヘンダーランだ。
リーシアンはにやりと笑う。
「それは面白いな。大層なご身分の神官様が、なんでそうなったか、分かるか?」
「以前に、大商人に裁きを下してくれと頼まれた件を覚えているか?」
「覚えているよ。結局、依頼人の女は納得はしなかったな」
「その時と同じ、闇の月の女神の神官が裏にいる」
「へえ、それは確かなのか」
「確かだ」
そこに美しい人影が現れた。アルトゥールはそちらを見る。ジュリアだった。
「これはこれは聖女様」
アルトゥールは、からかうかのような軽い口ぶりと態度を示す。両腕を軽く広げて敵意のないのを表す。そのしぐさにも揶揄の調子がある。アルトゥールを見るジュリアの表情は固い。
「一つだけ言っておきます。ヘンダーラン大神官には手を出さないで」
金褐色と暗赤色の入り混じった髪は、相変わらず豊かに波打って彼女の背中に流れていた。若葉の色の瞳は、きりりとネフィアル神官の青年を見据えている。
今度はアルトゥールが表情を固くする番だった。
「あら、図星だったようですね」
「何故分かった?」
「あら、ここへ来るならあなたの狙いは一つでしょう」
ジュリアは澄んだ若葉の色の目でアルトゥールを見ていたが、次いで背後に立つリーシアンにも目をやった。
リーシアンは軽く肩をすくめて黙っている。
「どうすればへンダーランの不正を暴ける?」
まさか隠し立てするつもりなのかと、ネフィアル神官の青年は反対に問い掛けた。
「隠し立てなどしないわ」
アルトゥールの内心を読んだようにジュリアはきっぱりと返した。
「はっきり言うが、君は僕には勝てない」
「あら、そうかしら。私も以前の私とは違うのですよ」
二人の間に沈黙が降りた。きりきりと緊張した空気が流れる。
リーシアンはただ黙って立っていた。何もせずに両者を見守る。人通りは他にない。
ここは閑静な通りだ。ヘンダーランの邸宅の他にも立派な家々が並ぶ。露天商が店を出したり、子どもが駆け回るような通りではない。
それに、まだ朝だ。家の中で一日の準備をしたり、朝食を食べたりしているだろう。
だから、静かだった。
◆
その日の朝は霧が出ていた。わずかに赤い霧だ。
この赤い霧は何処から来るのだろう。 ハイランは思った。
きっと河底の別の世界から来る。
そうだ、俺はそれを知っている。
ハイランはにやりと笑った。町中にある、憩いの場にいた。町の真ん中を流れる河の両岸に、大きな石が置かれ、自由に座れるようになっている。岸辺には木々が並んで植えられている。優雅な、ほっそりとした糸杉の木が。
ヘンダーランは俺が裁く。
そしてネフィアル信仰だけの世界を創り上げる。いや、再興させるのだ。再び『法の国』の栄光を。
どうせ愚か者は自分の頭で考えたりはしない。絶対的な基準、絶対的な指導者を必要とする。
ハイランはそのように内心で告げた。誰に向かって? 自分自身への宣言でもあり、広く世界に向けた宣言でもある。ジェナーシア共和国一国に収まる話ではない。だがまずは、この共和国からだ。この腐敗した共和国に鉄槌を。
ハイランは壮年の男である。四十を数年ばかりは過ぎていた。銀灰色の髪を短く刈り込み、顔つきは鷹のように鋭い。そして彼はアルトゥールと同じネフィアル神官であった。
しかし彼はネフィアル神官が『法の国』から古王国時代にかけて着ていた、黒い威厳のあるローブを身に着けてはいなかった。代わりに髪の色に合わせた灰色のローブを着ている。暗い灰色のローブを。
ハイランは立ち上がった。さあ、ヘンダーランの住まいへ行こう。今、奴の自宅にいる者は、面白いものを見られるだろう。
ハイランは、この銀灰色の髪と暗い灰色のローブの髪の男は、アルトゥールよりも強大な力を有していた。
異界から光の竜を召喚して、朝の光の中に溶け込ませていた。朝の遅い時間、すでに爽(さわ)やかさよりも陽光の濃さが際立つ。その濃い光の中に、神々が存在する神界から召喚された竜は溶け込んでいた。ハイランの目にしか見えなくなったのだ。
光の竜は飛んで行った。ヘンダーランの屋敷の中へ。
やがて悲鳴が聴こえた。女の声だ。ハイランはその女の声を知っている。ヘンダーランの妻だ。
ヘンダーラン自身は、声を上げることもなく死んだはずである。裁きに相応しい苦しみだけは味わって。
同じだけの苦しみがハイランに流れ込む。ハイランは耐えた。
これまで耐えてきたし、これからも。
続く
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