復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の魔の奥』 35話

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「そうね、私の召し使いが知っているわ。ここで私の側近く、仕えてくれているのは二人。でもあの子たちが強力な力を持つ魔術師をどうにか出来るはずはないわね」

 クレア子爵令嬢は、やわらかく微笑んだ。気を悪くした様子はない。

「ええ、その方自身には、きっと無理でしょう。しかし他に助けがあれば別ではないでしょうか? ぶしつけな事を言うのをお許しください。この件が解決したなら、私は図書館については、必ず師匠を説得いたします」

 いつもは冷静で自信に満ちているグランシアが、懇願めいたしぐさを見せ始めた。

「そうしてくれるとありがたいわね」

 クレア子爵令嬢はそっと立ち上がった。椅子を後ろに引きながら、ほとんど音を立てない。優雅な動きである。

「少し待っていて。書庫を調べてくるわ。何か手がかりになるかも知れないから。そうね、そのハイランなる人物は気になるわ。まるで《法の国》時代末期の思想の持主のようね」

「《法の国》時代の本もあるのですね」

と、アルトゥール。急にとても強く、気持ちが惹きつけられた。

「もちろんよ。閲覧のために棚に出してあるのは、書き写して複製した写本だけれど、本物は書庫に大切にしまってあるわ。私の他には、限られた修復士しか入れないの」

「僕にも写本を見せてください」

「どうぞ。ほかの人が読んでいなければ、棚にあるのは自由に見てね」

「はい。いつもありがとうございます」

 アルトゥールはすぐに、クレア子爵令嬢が案内してくれた離れの建物を出ていった。そのまま図書館の本館に向かう。

 あなたが僕の味方をしてくれなくても、僕はあなたの味方でい続ける。

 ネフィアル神官の青年は何度も心の中で繰り返した。同時にこうも思う。

「もしも、クレア子爵令嬢が、誰かをかばっているのたとしたら?」

 グランシアの師が図書館の閉鎖を狙っているのなら、グランシア本人とは異なり、師匠は味方とは言えない。

「だけどグランシアは、師と対立はしたくないだろう。説得は試みてくれるだろうが」

 第一、重要な書籍は魔術師ギルドにもたくさんある。図書館などギルドに所属する魔術師には、ほぼ必要ないのだ。

 グランシアにも。彼女だけの必要から言えば、魔術師ギルドにある物で足りるはずだ。

 アルトゥールは、そう思った。

「知識の独占か」

 それこそが魔術師たちの第一の狙いであり、庶民の啓蒙のため良書のみを置けなどとは、結局二の次ではないのだろうか。

 庶民向けの低俗な本は、むしろ問題にはならないの。クレア子爵令嬢は、そう言った。貴族たちの多くはそうなのだろう。娯楽のための本は問題にしないのだ。

 けれど昔、《法の国》の時代にも、娯楽のための読み物に、知恵を隠して広く人々に知らせた。その後の古王国の時代にも、そんなことがあった。

 民は愚かに保て。それが支配の要諦だ。そんな考え方は今でもある。
 
 そのため、低俗とされる娯楽のための本は問題にされにくいのだし、人々に広く知恵や知識を伝えるのには、だからこそ向いていた。

「でも、ハイランは見逃さないだろうな」

 ハイランは、それらを見つけるだろう。魔術師たちの目も、貴族たちの目もごまかせるかも知れない。けれどハイランは無理だ。《女神の猟犬》の目をごまかすのは難し過ぎる。

「いや、今はリーシアンの言う通り、ハイランのことはとりあえず放っておこう。先にグランシアの師匠を何とかしなければな」

 ハイランが魔術師ギルドの上位魔術師に危害を加える理由が見当たらない。少なくとも今のところは。そういう意味では、ジュリアン神官の方がよほどまずい。ジュリア派であろうとなかろうと。

 ヘンダーランを裁いたのもそれが理由だろう。必ずしも、ラモーナ男爵令嬢に同情したからではあるまい。

「それじゃあまりに甘過ぎるからな」

 誰にも聞こえないようにつぶやく。

 それでも《法の国》時代の書籍の写本を調べようと思ったのは、何らかの手がかりがあるかも知れないと思ったからだった。

 何か。自分が見落としている何かが。

 何冊かを書架の前に立ったまま手に取り、ざっと流し読みする。そんな読み方で上手く内容をつかめるような訓練は出来ていないが。

「やはり、これもグランシアに頼むしかないのか。僕でも何とか三日のうちに一冊は読めるはずだが」

 ヘンダーランの屋敷から見つかった魔術の本には、魔人マルバーザンが封じられていた。それもグランシアに頼んで、魔術師ギルドに置いてある。グランシアはまだ、他の者にはその件を知らせていないはすだ。

 何か。僕が見落としている何かがある、はずだ。アルトゥールは思案をめぐらせた。

「もう一度、魔術師ギルドに戻り、三人の上位魔術師に、いや、グランシアの師匠にだけでも会わせてもらうか」

 何か分かることがあるのかも知れない。

 単に病を治すだけなら僕にも出来るかも知れない。よほどの、強力な魔術あるいは神技によるのでなければ。すでに病膏肓(やまい こうこう)に入り、手遅れになっているのでなければ。

 もしもハイランの仕業なのであれば、アルトゥールでもその神技を打ち破るのは難しいだろうとも思われた。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

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