【復讐には代償が必要だ】復讐の女神ネフィアル 第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第20話
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青い煙のような大男は黙って二人を見つめていた。 恐ろしげな顔立ちではあるが、怒りや危害を加える意図は見えない。 むしろ、静かで落ち着いた表情を見せている。外見の恐ろしさに囚われず、よくよく見てみれば、その静かな穏やかさが分かるのである。
アルトゥールはこの時、相手の静穏さをしっかりと見ることができた。彼はかまえていたメイスを下ろした。
武器を腰のベルトからぶら下げ、敵意のない印に、両手を広げて見せる。これは歓迎の仕草とも同じである。
明らかに人間ではなく、人間と交流のある魔族やその混血とも違う男に──たぶん男だろう──この仕草の意味が分かるかは不明だ。しかし、とりあえず通じるかも知れないと、試してみたのだった。
リーシアンはまだ、巨大な戦斧をかまえたままだ。横に立つ彼から緊張が感じ取れる。
「落ち着け。彼から敵意は感じられない」
「そいつは何者だよ?」
「それは僕にも分からない。グランシアなら知っているかも知れないが」
「そうか、魔術師は物知りなんだな!」
リーシアンの声音には、揶揄する響きがある。
「ここにいない者を頼っても仕方がない。言葉が通じればいいが」
紫水晶の色の瞳で青い煙のような大男をみつめながら、自分が知る限りの『法の国』時代の言葉で話し掛ける。庶民の日常の生活に必要な程度の語彙だ。それ以上は上手く話せなかった。
幸い、大男には通じた。
「なるほど、お前は偉大なる女神に仕える者なのか」
ネフィアル神官の青年はうなずいた。かの古(いにしえ)の『法の国』において、偉大なる女神と言えば一柱しかいない。
「そうだ、僕はネフィアル女神に仕える神官だ。今では、その立場が公(おおやけ)に認められることはない」
大男もうなずいた。
「だがその偉大なる力は知られているはずだ。そんな顔をするな。我(われ)もずっとこの本の中で眠っていたわけではないぞ。今の世を知っている。そして嘆いている。我が名はマルザートン。かつては異界より召喚され、ネフィアル神官に仕えし者なり」
「マルザートン、では僕にも力を貸してくれるのか?」
「いいだろう。ただし条件がある」
緩んでいたリーシアンの緊張が、再びよみがえるのを感じ取った。彼は再度、武器をかまえ直した。
「待て、リーシアン。話を聞こう」
「賢明な判断だ。賢明でない者は神官となるに相応しくない。さて、お前の力を見せてもらおう。我は力なき者には仕えぬ。それなりの神官でなくてはな」
アルトゥールは、万が一を考えて水を入れた革袋を持っていた。それをマルザートンに差し出す。
「これは水だ。分かるな?」
「ああ、そうだな」
「それを今からワインに変える」
「ほう、そんなことが出来るのか」
「出来る」
次にアルトゥールは『祈り』を唱える。ごく短い詠唱だ。革袋から馥郁(ふくいく)たる香りが漂ってきた。紛(まご)うかたなく、上等な赤ワインの香りである。
「これはこれは。大したものだ」
「これで力を貸してもらえるだろうか? 異界から召喚された上位の魔族よ」
「我の正体が分かっていたか」
「推測だ。異界から召喚されたと聞いたのでね」
「そうだ。我はこの人間界にいる低級の魔族とは異なる。身体の作りも、能力も違う。人間との間に子は成せぬ」
奇怪な顔の青い煙のような大男は、その顔を大きく歪ませた。笑っているのかと、しばらく経ってから分かる。
「よし、貴様を助けよう。何なりと言うがいい。我に出来ることならば、願いを叶えようぞ」
「それなら一つ頼みがある」
アルトゥールは、リーシアンの方をちらりと見た。彼は了承の印にうなずき返してくれた。ネフィアル神官の青年は、マルザートンに向き直る。
「まずは、ここにある本を全て解析してくれ。どんな本があるのか、知らせて欲しい」
上位の魔族は完全に煙と化して薄れた。薄れた姿は拡散して本や巻き物の中に侵入してゆく。アルトゥールたちは、待った。
待った。一刻が経つ。その時間を体感で感知していた。
魔術具により、時を知らせてくれる歯車仕掛けの小さな小箱のような物があるのだが、それなりには高価であり、特に差し迫った必要もないので、アルトゥールたちは所有していなかった。
「終わったぞ」
厳かとも言える声で魔族は告げた。
「どうだった?」
「ふむ。これらの本は皆、『法の国』時代に実際にあった本の写本ばかりだな。ちなみに我が宿っていたこの本は、当時『法の国』の大神官たちに管理されていた」
「大神官たちが?」
アルトゥールはまた窓の外を見た。雲が晴れ間をのぞかせている。並ぶ建物の群れの向こうに、魔術師ギルドがある。
やはりギルドで管理してもらった方がいいのだろうか? そう自問した。
仮にクレア子爵令嬢の図書館に預けて、万が一にもこんな魔族が出現したら。
人間に危害を加えないとは限らない。加えなくても、かなりの騒ぎにはなるだろう。
どうする?
そう、どうすればいい?
アルトゥールの内心など知らぬ様子で、上位の魔族は話を続ける。
「当時の大神官たちは、もっと高度な神技を使えたものだ。その神技によって召喚された魔族を封じるためのものだ。我だけではない。本の封印が切れてしまったのだろう。そうでなければ我はあと百年ほど経ってから、元の世界に戻るはずだったのだ」
「百年か。気の長い話だな」
アルトゥールの口ぶりには、やや呆れたような思いが表れていた。
「我にとっては、さしたる歳月の長さではない」
マルザートンは再び人に似た姿となる。顔にはやはり笑みが湛(たた)えられていた。
「貴様の一生分くらいは付き合ってやろう」
続く
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