【ダークファンタジー小説】ウィルトンズサーガ『古王国の遺産〜受け継がれるレガシー』 第1話
前作はマガジンにまとめてあります。
デネブルが支配していた土地は広い。三人の領主が治める土地の全域がデネブルの支配化に置かれていた。
まず考えなくてはならないのは、ウィルトンがずっと暮らしてきた土地の領主がいる都市に向かうのか、それともいっそもっと遠くへと行ってしまうかだ。
広い世界を見たいんだと言って、村を飛び出したウィルトンだが、まずは領主のいる地に行こうかと思う。領主は、アントニーと自分を知っている。あの暗黒城の城主デネブルを倒した英雄として。
今は夜だった。二つの月は煌々と照り輝き、外界を照らしていた。
「ああ、いい月だ。月なんて見飽きたと思っていたが、やっぱり月はいい」
ウィルトンは、村外れの見捨てられた墓地に来ていた。見捨てられた墓地には古王国時代の終わり頃に造られた納骨堂がある。墓地自体は古王国が滅びた後にもまだ使われていたが、やがて誰も訪れない廃墟と化した。
草木が生い茂る荒れ果てた墓地だった。ウィルトンは、太ももまでの丈のある雑草を槍の先でかき分け進む。納骨堂はすぐに見つかった。すでに何度も訪れていたからだ。
納骨堂の外壁には、薄衣を着て舞う乙女たちの浮き彫りがある。純白の壁。純白の死の舞。《死の舞》は現代でも、身分の高い死者を見送るために残っている。
鉄製の頑丈な両開きの扉には、魔力で鍵が掛けられている。ここの地下室で暮らす新種のヴァンパイア、アントニー自身が掛けたものではなかった。古王国時代から、残り続ける魔術の封印だ。死者の眠りを妨げず、盗掘を防ぐために。
「こんにちは。いえ、こんばんはと言うべきですね」
穏やかで気品のある声がした。四百年の間このあたり一帯を支配していた、四百年前に滅びた古王国の貴族であったデネブルを、共に力を合わせて倒した盟友たるアントニーの声だった。されど声のみ聞こえて姿は見えない。
「どこに隠れているんだ?」
デネブルを倒したのはほんの四日前。村でのあれこれを片づけ、妹と別れの食卓を共にし、村長の息子がデネブルの財宝について領主に報告しに行くのを見守った。
それからウィルトンはここに来て、日が暮れるのを待った。
明るい太陽の恵みは嬉しかった。この上なく嬉しかった。ウィルトンには初めて見る何日も昇り続ける太陽。明け方が何度も何度も訪れた。夢のようだった。ああ、そうだ。俺はやったんだ。俺はやった。デネブルを倒し、太陽を取り戻した。
だが盟友であるアントニーにとっては、太陽の光は害でしかない。この一番の功労者と、共に陽の光を浴びて喜ぶわけにはいかなかった。
自ずとウィルトンも夕暮れ時に起きて、夜明けと共に眠る、人としては不自然な生活になってしまうのは確定していた。でもそれはかまわない。これから行く大きな都市では、誰も赤の他人の生活ぶりなど気に掛けはしないのだ。それが自分に直接関わらない限りは。
「出来れば、デネブルの支配領域ではなかった遠い土地へ行きたい。だけどお前の考えもあるだろう」
「あなたはほとんど村から出たことがないと言いましたね」
そこでようやくアントニーは姿を表した。藍色のローブを着たすらりとした姿はいつも通りだ。
「ああ、隣村に用事でついて行ったことはあるけどな、何度か」
「私は共にデネブルを倒す仲間を探していた時に、デネブルの支配領域からも出たことがあります。結局、誰も見つからないで戻ってきた。その時の気持ちは今でも覚えています」
「……そうか」
四百年だ。四百年の間、ずっとアントニーはそうやって過ごしてきたのだ。ロランが側にいたにしても、ウィルトンの想像もつかないほど、孤独で辛い四百年間だったに違いない。
俺は三十年でも耐え難かった。そう思い、ウィルトンは何か慰めの言葉を掛けるべきかと思ったが、何も思い浮かばない。下手な事は言いたくなかった。
「私は遠い土地へも行ったことがありますが、あなたは、まずは一番近い都市に行った方が良いでしょう。いきなり遠くへと行くよりも。私が案内します。そこでは、新種であればヴァンパイアもさほど忌み嫌われるわけではないのです」
「ああ、そう聞いている。全く、俺の村の奴らときたら、恩人に向かって」
「仕方がありません。閉鎖的な村とはそのようなものです。古王国の時代から変わらない。それは仕方がありません」
「古王国の時代から? そういや、このあたりがお前の領地だったのか?」
「そうですね、このあたりと、デネブルの支配領域から外れて、もっと南側までです」
ウィルトンの村は、そのデネブルの支配領域の南端にあるのだ。
「そうか。世が世ならご領主様だったんだな」
「でも古王国はもう滅びたのです。デネブルも滅びて、私の役目も終わりました」
「でもお前の人生は終わらない。これからも続く。今後は楽しく生きろよ。デネブルの財宝からの取り分もある。当分は遊んで暮らせよ」
それを聞いてアントニーは少し笑った。
「そうですね。この納骨堂に元からあった物と合わせて、運べない分は残しておきます。またいつか、戻る時のために」
「本当にここを離れていいのか」
「もちろん。ロランも一緒に行きます」
「そうか、お前がここで静かに暮らしたいなら無理についてきてくれとは言わないつもりだ」
「無理ではありません。前にここから一番近い都市に行ったのはもう三十年も前になります。その時のご領主は、もうお亡くなりかも知れません」
「ああ、そうだな。領主の息子は俺と大して歳が違わない。五つくらい上かな」
「はい。あの時の子どもでしょうね、きっと」
「会ったことがあるのか」
「ありますよ。私は遠来からの貴賓として扱われました。私の元の身分より、デネブルを倒せるかも知れない力の方が大きな理由でしたが」
「俺も歓迎されるのかな」
「はい、きっと」
二人は並んで月の光の下を歩き始めた。目指す都市までは、普通に歩いて三日は掛かるほどには離れていた。
続く
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