復讐の女神ネフィアル【裁きには代償が必要だ】第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第11話
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ハイランの目には、きっとアルトゥールがジュリアと仲良くしていると見えるはずだ。そう、彼の目には、そう見えるはずである。
ハイランの目には。
他の者からは違うように見えるようだ。彼らから聞いた。聖女ジュリアを崇敬する人々、の中でも、特に『弱者』と言ってよい人々からは。
ハイランが弱者と呼ぶであろう人々からは。
アルトゥールの存在すら傷つきの理由になる人々からは。
「それで、どうしようと言うんですか?」
念のため尋ねてみた。まさかこの場でジュリアを 亡き者にしようとまでは言うまいが、ジュリアを邪魔者だと思っているのは間違いない。どうせ聞き入れはすまいなと思いつつも、一応はこう言ってみる。
「出来るだけジュリアを見なければいいですよ。 彼女がどこにいるか、ジュリアン神殿に聞けば先に知ることはできるでしょう。避けて通ればいいんです。それぐらい、出来ないんですか」
アルトゥールが言うのは、ジュリアン神官が町の広場や大通りの脇に立って説法をすることを指している。ジュリアのそれはとても人気があったので、彼女の周囲にはいつも人だかりが出来ていた。
それを不快に思う人間も、当然いるのだろう。でも正直なところ、我慢してもらうしかないと思う。
「出来ないな。反対に聞きたいが──」
ハイランは馬車にも令嬢にも背を向けて、ゆっくりと言い聞かせるように、こう続けた。
「君はジュリアのことだけは認めているようだが、 腐敗した、あるいは堕落したジュリアン神官のことだって、我慢しようと思えば出来るはずだ。そう言われたらどうするね? 結局そこに大きな違いなどない。我々からすれば、そうも言えるわけだ。その点はどう思うのかね?」
なるほど、そう来たかと思いつつ、
「それはまた極端ですね」
とだけ返答する。我々、とハイランは言った。自分だけでなく、彼に賛同する、おそらくは無視出来るほどの少数派とも言えない人々がいるのだと。彼はそう知らしめているのだろう。アルトゥールはそう思った。
「極端? そうかね?」
ハイランの声には、微かだが嘲弄の響きがある。実のところ、アルトゥール自身も自分が正しいと思ってやってきたのではあるが、それが万人にとっての正しさではないのは分かっていた。
もちろんハイランにとっても、自らの唱える正しさが、万人にとっての正しさでも、ジュリアやアルトゥールにとっての正しさでもないことは充分承知の上で、こうしているのである。
「ラモーナ子爵令嬢はいかが思われますか? ジュリアなら、あなたの慰めに大いになるだろうと思います。ここにいる、その男よりもね」
ラモーナ子爵令嬢は不安そうにハイランとアルトゥールの言い合いを見守っていたが、そう問われて、改めて驚いたように目を見開いた。それから弱々しい声でジュリアに、
「ジュリア様は、私のことをいかがお考えですか?」
と問う。
世間での聖女への人々の敬愛を頭に入れてのことだろう、様と呼んだ。ジュリアは神殿の中での地位は高くはなく、 所詮は一庶民であるに過ぎない。
だが神殿から与えられた地位よりも、多くの人々から与えられている聖女としての声望、その方が重要なのだとラモーナは思っているらしい。アルトゥールはそう判断した。
ジュリアはどう思っているのか、普段と変わらぬ穏やかさでラモーナに答えた。
「事情はまだ私にはよく分かりません。でももしも令嬢が私の助けを必要となさるなら、喜んで私にできることをさせていただきます」
そうだ、彼女はそう言うだろう。アルトゥールの思った通りだった。
ジュリアの白い簡素な神官服の裾が風に揺れた。今は曇り空が上空に広がる。陽光がさえぎられ肌寒くなった。
ジュリアン神殿の上位の神官は、金糸の刺繍で見事に彩られた神官服を着ているが、彼女が身に着けているのは、裾と袖先をわずかに銀糸で縁取りした質素なものだ。
その銀糸が、風に揺れて少しだけきらりと光る。ほんの少しだけ。
ジュリアン神官の神官服はローブに似ているが、腰から下の部分は前開きになっておらず、頭からかぶって着る物だ。腰から上の前開きは、ローブと同じく紐で結わえて閉じる。
男の神官服は裾が短く、膝(ひざ)から下は、下穿(したば)きが見えるようになっている。
ジュリアが着るのは当然に女物で、裾は長く、ふくらはぎを覆うくらいの長さだ。女の神官も、動きやすいように下穿きは穿く。下穿きの下には下着。これも男女変わらない。
ラモーナ子爵令嬢の、貴族としては簡素な衣装に比べても、ジュリアの服装は飾り気がなく素朴に見える。
ラモーナはそれをまるで意に介さぬようで、明らかな敬(うやま)いの念を込めてジュリアを見つめていた。
次にハイランがどう出るか、アルトゥールは待ち受ける。ハイランが子爵令嬢のことを本気で思うのなら、自分のジュリアン神官への忌避を優先するような真似はしないはずである。
ここでジュリアの好意を否定するのであれば、その時は。
ラモーナは、ハイランの表情をうかがう。やはり畏敬とも言うべき色が、貴族令嬢の眼差しに表れている。
「かまわないよ、お任せしよう」
意外にも、ハイランはそう言った。そう言って、鷹揚そうに笑ってみせた。
続く
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