英雄の魔剣 53
女騎士ユスティーナが王都に帰還した。その知らせは直ちにアレクロスに伝えられた。
アレクロスは世継ぎの王子のために代々伝えられてきた玉座に座り、高潔と評判の騎士ユスティーナを謁見した。
「戻って参ったか。首尾はどうであったか」
「ご依頼の物はこちらにございます」
ユスティーナは言った。銀色の髪は窓から入る陽光にきらめく。
精巧に作られた木箱の中に、薬草が一束安置されていた。丁重に絹の白い布で包(くる)まれている。
絹に包まれた草花は、すべて金色に輝いていた。ただ金属的光沢を持つのではない。それ自体が光を放つのである。数本の細いろうそく程度の明かりが、布を通して木箱から漏れ出ていた。
「何という見事な金色の草花であることか」
アレクロスは心底感心しているように見せた。半ばは演技でもある。前にも見たことがあるゆえに実際にはそこまでの感慨はない。それでも、ユスティーナを労(ねぎら)うためにあえて言った。
「はい、おおせの通りでございます」
銀髪の女騎士は恭(うやうや)しく答える。ユスティーナにとっては、初めて見る金色の花と草である。
「これを早速マルシェリア王女に渡そう」
それを聞いて、ユスティーナは怪訝(けげん)な顔をした。
「マルシェリア王女殿下、とは? 私はそのお方を存じ上げませぬ。この薬草は、キアロ家の令嬢グレイトリア姫にお渡しするのではないのでしょうか」
「いささか事情が変わったのだ」
アレクロスは、マルシェリア王女に関するいきさつを説明してみせた。
「そうでございましたか。私としましては、何も申し上げることはございませぬ」
ユスティーナは恭順の証(あかし)として、胸に右手を当ててみせた。
「キアロ家の姫にはきちんと話す。令嬢の面子を潰(つぶ)すような真似はしない」
ユスティーナは聡明な女である。これを口には出さぬが案じてはいるであろう。
アレクロスはここで一息置いた。
「ところでユスティーナ、お前はこれから男爵となる前に、貴族としての修練を積んでもらわねばならぬ」
「かしこまりました、王子殿下」
「そこで、第一公爵家の養女となって欲しいのだ」
「第一公爵家の、でございますか」
アレクロスはうなずいた。
「そう、まずは王宮入りするための行儀見習いをして、それから正式に公爵家の娘となる。嫌であろうか?」
「嫌、ではございません。元の家族にはまた家族として会えるのでありましょうか?」
「もちろん。だが公爵家の者としての自覚を持っては欲しい。そうした振る舞いが人目のある場所では必要となる」
ユスティーナは意を決したのだろう、ひざまずいた姿勢から、さらに深々と頭を下げた。
「かしこまりましてございます。拝命いたします。第一公爵家の方々には、なにとぞよろしくとお伝えいただければと存じます」
これで謁見は終わった。
ユスティーナは帰還した。次なるは、《山の種族》への使者である。
アレクロスは、自室の隣の執務室で側近たちを呼んで会議をした。ついこの間、セシリオとグレイトリア姫を呼んで話し合った部屋である。
「何か俺に改めて言いたいことはあるか?」
アレクロスは一堂に尋ねた。ここには、セシリオ、サーベラ姫、グレイトリア姫、そしてマルシェリア王女がいた。
第一公爵家の兄妹はいつもと変わらぬ様子だが、グレイトリア姫は落ち着かない態度を見せていた。マルシェリア王女が原因なのは明確である。キアロ家の姫は口に出しては何も言わない。それでも、前王国マリースの王家の生き残りへのまなざしが、よそよそしく冷たいのを隠そうとはしなかった。
「ここにワタクシを呼んでくださってありがとうございます、アレクロス王子殿下」
「貴女を味方に出来れば、百人の優秀な臣下を新たに得るに等しい」
それを聞いてマルシェリア王女は満足そうにうなずく。
キアロ家の姫は眉をひそめた。サーベラ姫や、他のどの貴族の娘にもそんな感情を抱いた経験はない。それは嫉妬ではない。むしろもっと激しい、敵愾心に近い。
出過ぎた真似かとは思ったが、王子とマルシェリア王女とのやり取りに割って入る。
「マルシェリア王女殿下、失礼ながらなぜ我が国の味方を貴女がなさるのですか。マリース王国を滅ぼされた恨みこそあれ、我々に助力する理由など、貴女にはないはずではありませんか」
グレイトリア姫の言に、マルシェリア王女は笑って答える。
「ずいぶんと率直なのね。ではワタクシも率直に言いましょう。ワタクシが復讐などしてどうなるというの。あなたのような優れた臣下が幾人もいて、下々も凡(おおよ)そは王家の統治に満足している。そんな状況で反旗を翻(ひるがえ)すなど、単に愚か者の所業です」
そう真っ直ぐに言い返されて、グレイトリア姫は何も言えなくなった。確かにその通りだ、筋は通っている、キアロ家の姫はそう思う。
マルシェリア王女はと言えば、王子に向き直り、こう告げた。
「《山の種族》は知っております。ワタクシの王国の時代にもいましたわ」
「それはそうでしょう、王女殿下。彼らは人間よりも古い種族です。ただ、貴女の王国があった時代とは異なり、彼らとの交流は稀になりつつありますが」
マルシェリア王女は微笑んだ。自信有りげな笑みだった。
「でも向こうはワタクシを忘れてはいないでしょう。人間よりもずっと古い出来事をよく覚えていて大事にする者たちなのですから。王子殿下、ここでワタクシがお役に立ちたいと存じますわ。ワタクシを《山の種族》への使者にしてくださらないこと」