【復讐には代償が必要だ】復讐の女神ネフィアル 第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第18話
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二階も一階と同じように、荒れた光景を見せている。蜘蛛の巣が天井から壁際に掛かり、足元には、踏むと足跡が残るほどのほこりが積もっている。
アルトゥールとリーシアンは、そろって廊下を進んだ。階段は屋敷の隅にある。廊下は真っ直ぐに伸びている。左右に三つずつの扉があった。
いずれも深い褐色の木目のきれいな扉で、ぶどうのつると葉と実を型どった彫刻が表面にほどこされている。派手さを抑えた上品さがある。
ヘンダーランがこの街の神官長として、外面をいかに取り繕ってきたのか、垣間見る思いがした。
静かだった。音は何も聞こえてはこない。廊下は広く、向こう側の端には大きな窓があった。木枠に板硝子をはめ込んだ窓だ。硝子は割れておらず、窓は閉じられていた。
階段がある側の壁にも、同じように窓がある。その窓のおかげで、廊下は明るい。
「いい暮らししてやがる。俺は少なくともこの件では、ハイランをとやかく言う気にはなれんな。お嬢さんの従者にゃ、言いたいこともあるがな」
「言いたいことが?」
「アルトゥール、お前にどうこう言うなら、従者が自分で復讐してみろってんだ。人に頼んだ以上は、条件を呑むのも大事だろ。ハイランに肩代わりさせといて、騎士道ぶるのはお笑いだ」
「なるほど。僕は彼を笑う気にはなれない。彼に共感はしないが、笑う気にもなれないんだ。ラモーナがこの件では何の落ち度もない犠牲者だとしでも、一切の罪なき者ではあり得ない。彼自身も本当は分かっているはずだ。そう思うんだ」
二人は階段の前で立ち止まっていた。窓からの明かりが、柔らかく二人を照らしている。
「従者が代わりに裁きの代償を支払えばよかったんだ。俺ならそうするぜ」
「罪なき者と自らを思えないなら、姫を守る騎士たる資格もないように思えたからかな」
「だから、それなら奴が自分でヘンダーランを討てばよかったんだ」
北の地の戦士は、それ以上は言わずに前に進んだ。アルトゥールは後ろからついて行く。
すぐ近くに向かい合わせの扉が二つ。奥に向かって、さらに二対の扉が見える。音はなく、静かだ。何もかもが死んでしまったかのように。
「さて、最初の扉から見てみるか」
リーシアンは向かって右側の扉に近づいた。方角で言えば南側だ。
「何も聞こえないな」
扉に耳を当てて、用心深く戦斧をかまえながらアルトゥールに告げた。
「よし、入ろう」
メイスをかまえた若き神官は、自分が先に入ろうとした。それを押し留めて、
「いや、俺が行く。お前は万が一に備えていてくれ。怪我を治せる奴がいないと困るだろ」
と。アルトゥールは逆らわず引き下がった。扉が開かれる。
中には。
「何だ、これは」
それは危険なモノではなかった。ただ、散乱した巻物や書物が床一面に散らばっているだけだった。壁に面して備え付けられている書棚は空っぽである。床の本と巻物が、何らかの理由で皆こぼれ落ちたかのように見える。
「見てみよう」
アルトゥールは、隠れているかも知れぬ罠に用心しながら、一番近くにあった分厚い本を手に取った。
「驚いたな。『法の国』時代の言葉だ」
「へえ。ジュリアン神官長の住まいに、そんな物があるとはな。読めるか?」
「ある程度なら。あまり難しいものは意味がよく取れない」
グランシアなら難解な書でも読めるだろう。そう思いながら本をめくる。末期に書かれた歴史書のようである。ちょうどこのジェナーシア共和国があるあたりの地域に関する歴史が記されている。
散らばっている本は皆、黒か褐色の革装丁で、巻物は高価な羊皮紙で出来ているようだった。
「比較的公平な記述だな。何のためにここに集めたのか」
「焚書にするためだろ。充分考えられるぜ」
「実は焚書はすでに過去に何度も為されている。本当の意味で良心の残ったジュリアン神官が、このように自宅や神殿の地下に残してくれているのさ。それに何と言っても魔術師ギルドの図書館は素晴らしいものだ。魔術師か見習い以外は入れないがね。だから僕も入れてもらったことはない。グランシアが持ち出して見せてくれたのさ」
リーシアンは、一つだけの事が気になったようだ。
「ヘンダーランに良心が残っていたと思うのか?」
と、聞いてきた。
「残っていたかも知れないな。そうではない確証もない。あるいは、単なる収集癖かも知れない」
「収集癖? 妙な癖を持っていたもんだ。他にはどんな本や巻き物があるんだ?」
「それを今見ているんだ。少し待っていろ」
そう言うと、歴史書をかたわらに置いて、手近にある巻き物を広げだ。
「これは南方海のさらに南にある大陸の地図だな。南方海沿いの大陸の一部だけだが」
「へえ、そんな遠い土地の物が。本物なんだろうな?」
「さあね。本物でもどれだけ正確かは分からないからな。これも魔術師ギルドで見てもらおう。グランシアがいてくれてよかった。おかげで魔術師ギルドに、つてが出来るからな」
南方海はジェナーシア共和国から遠い南の海だ。内陸諸国の南の果てに、さらに広大な森林地帯がある。そこを越えると南方海に出る。
「俺たちが知らなければならない何かが、見つかると思うか?」
「調べてみなくては分からないな。ここでざっと見ただけでは、くわしいことは何も分からない」
「南方海は危険な海だ。あらゆる怪物と、怪奇な出来事に満ちていると聞くが」
「そう、だから南方海を迂回して、西岸諸国の西側の海から、多島海に出て島々の間を南へ航海する。島で補給をしながらね。そうやって南方海の向こう側の大陸の、西岸に出るしかない、普通は」
だが普通ではない者もいる。荒事師とはそんな存在である。
「魔術師ギルドもいいが、クレア子爵令嬢のところへ頼めないか? 彼女のもとには、読みこなせる者もいるはずだ。ついでに彼女なら、隠された書庫にしまい込んだりはしないと思ってな」
「ああ、それなんだが、彼女が様々な知識を大衆に公開するのを、快く思わない人もいてね」
「ひょっとして、魔術師ギルドもか?」
「ああ。いろいろあるんだが、たとえば『時には温情ではなく、冷徹さを示すことが適切な行為である』などと書いてある本を愚かな大衆に見せたなら、勘違いして人に冷たい振る舞いをするのが高尚な態度なのだと考える者が出てくるだろうと。そんなふうに言う奴らがいるのさ」
「ま、世の中には、考えられないくらいに短絡的な奴がいるのは事実だからな。だが、そういう奴は温情が良いことだと聞いたなら、いつだって温情を示すべきだとぬかす。かくして、今のような馬鹿なジュリアン信徒が生まれたわけだ」
「そうなんだよ」
それきりアルトゥールは何も言わずに、本を調べ続けた。
続く
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