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【ハイファンタジー小説】復讐の女神ネフィアル 第6作目『ため息の響く丘』 第1話


 誰にも伝わらないことがある。誰にも伝わらなければそのままにしておけ。その人は、きっと言っても分かりはしない。いや、分かりたくはないのだ。


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 君はこれからあらゆる人々を傷付ける。そしてあらゆる人々を慰め、癒やすだろう。その二つは同時に進行する。どちらか片方だけにすることは出来ない。それはどちらも等しく君自身の長所から、為せることを為した結果から現れる。君が誰かを傷付けないなら、君は誰をも助けない。

 誰かをだけ助けるのではなく、誰一人見捨てず傷つけずに助けられるはずだ、などと言う奴は放っておけ。そう言う奴に限って、君より人を助けられず、君より多くの人を傷つけているのだから。

「そう言う奴に限って、君より人を助けられず、君より多くの人を傷つけているのだから」

 全くその通りだな。アルトゥールはそう思う。自分だって迷える人間の一人、大した力もあるわけではないが、それでも多分、ある種の人間よりはましなのだと思う。

 現代、このジェナーシア共和国において、また西方世界全体において、『まし』なだけでも上々と言わねばならなかった。西方世界の西岸諸国は魔物との戦いに追われ、自分たちのことしか考えられない。そこでは利他的態度の広がる範囲はせいぜい自らの暮らす国のみなのだ。

 一方で内陸諸国は西岸諸国より平和ではあるが、腐敗したジュリアン信仰のせいで停滞と堕落が蔓延(はびこ)る。どちらが良いかなどと不毛な比較はしたくなかった。どちらもそれぞれに最低さがある。その種類が違うだけなのだ。

 アルトゥールは仮住まいにしている宿を出た。向かうは《ため息の響く丘》。

 《ため息の響く丘》。その丘の名を聞いたのは幼い頃だ。アルトゥールの父親は厳格なジュリアン信徒である。本人は意識せずにジュリアン神の教えを悪用していた。
 
──赦しは弱者に対して押し付けられるものではない──

 だが父親には分からないだろう。自分のしていることが。

──お赦しください、彼らは何も分かっていないのです──

 そうだ、父親は何も分かっていなかった。良き事をしようとしてもこくごとくが親切の押し売りになる。その判断力のなさは生まれつきだ。彼に罪はあるだろうか?

 罪はある。おお、そうだ、罪はあるのだ。

 それこそがアルトゥールにとって救いの福音であった。当時もうすでに滅びかけていたネフィアルの教えを復活させると決めたのは、その『福音』を聞いたからだった。

 ネフィアル神官としての修行をする中で一番辛いのは何であろうか?

 自分自身の人生の課題を乗り越えるまでは、決して他人を本当の意味では助けられないと、心底思い知らされることである。
 
 自分自身の人生の課題を乗り越えるまでは!
 本当の達成の道は険しい。そこには容易にはたどり着けない。静かな心。常に落ち着き、冷静に。その揺るぎなさを手に入れるまでは。誰をも救えはしないし、まして国や世界を救えはしない。

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 地平線まで遥かに見渡せる。ここは平らな大地。山々はほぼ存在しない。豊かな丘陵地帯と深い森と大河の地である。国境(くにざかい)は森と大河が分ける。

 丘陵地帯の中には魔が潜む場所もある。いわゆる魔族と言われる者たちではない。人が残した、魔術により造られたモノと召喚された存在たちである。魔族──ジェナーシア共和国も含めた内陸諸国においては、今では人間と和解し、混血した者も多い──とは異なり、元からこの世界にいたのではなく、異界にいたのが召喚された。あるいは、新たに人の手で創り出されたのである。

「グランシア、ここが僕の言っていた《ため息の響く丘》だ」

 彼ら二人は丘のふもとに立っていた。ネフィアル女神の高位神官アルトゥールと、魔術師ギルドで一番の優秀な美貌の女魔術師グランシアであった。



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