復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第9話

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「そんな考えは受け入れられないな」

 アルトゥールの声が風に乗って流れる。風は、リーシアンが割った窓の硝子(がらす)から入ってきていた。

 板状の硝子の一つ一つは大きくはない。アルトゥールの手のひらほどの大きさの板硝子だ。

 それが木製の格子戸の、細かく区切られた格子の間に入れられている。格子は、正方形がいくつも並べられた形に組まれていた。

 格子の枠も硝子も、大斧に碎かれてかけらが散乱している。かけらが落ちた後から、風がそよいで室内をめぐる。

「ほう、何故だね?」

 しばし沈黙して、やがてハイランは口を開いた。
 
「僕たちが改宗しないのだから、彼女にもさせない。彼女の意思でない限り」

 同じようなことをあらためて繰り返した。言って通じる相手ではないと思いつつ、念のためだ。ハイランにというよりも、リーシアンやジュリアに聞かせているのだ。いや、それより何より自分自身に。

「君はネフィアルの教えを正しいと思うから、そうしてきたのではないのかね」

「もちろん、そうです」

「ならば何故だ」

 今度は、わずかに怒気を含ませていた。

「僕には、どうしても認められないもの、認めるべきでないと思うものはあるけれど、ジュリアン信仰は、そうではないから」

 そんな事も分からないのかと、そんな意味合いを含ませつつ。

 ハイランは挑発には乗らなかった。

 挑発には乗らなかったが、いったんは腰に下げた位置に戻したメイスに再び手を掛けた。手を掛けただけで、かまえはしない。

 緊張が両者の間に走る。 ジュリアは困ったようにアルトゥールを、続いてハイランを見た。

 その時、外から呼ぶ声が聞こえてきた。ハイランに呼び掛ける声だ。男の声だった。ハイランと、 さして変わらないくらいの歳の男のように思えた。

「ラモーナ子爵令嬢がおいでになった」

 ハイランはそうつぶやくと、割れた窓に歩み寄った。アルトゥールたち三人が立つ横を迂回して足早に。もう三人のことは眼中にないかのようだ。

「ラモーナ様も、私のことで傷ついておられるのですか?」

 ジュリアがハイランに問いかける。この時、ジュリアはこう思っていた。話し合いなどしても無駄だとアルトゥールには言われたが、それでは彼に対しても同じなのだ、と。

 アルトゥールの方も、ジュリアが今どう考えているのか分かる気がしていた。どうしようもなかった。自分が信じた通りに行動するように、彼女もまた彼女の信じるままに考え話し行うのである。

 それが他者だ。それが他者というものである。

 また男の声が聴こえた。ラモーナ子爵令嬢が来たと告げている。

 朝の太陽は雲に隠れた。広がる雲に覆われた陰りのある空が、庭と窓辺に薄暗さを落としていた。

「私はここだ! 御者どの!」

 ハイランは外に向けて呼ばわった。

「すぐ、そちらに行こう」

 もはやアルトゥールたちには目もくれず、扉へと歩いてゆく。

 アルトゥールは、呼び止めるべきかと思った。だが呼び止めてどうなる。彼はアルトゥールの言うことを聞きはすまい。アルトゥールもまた、ハイランのやり方を受け入れるわけにはいかない。

「ラモーナ子爵令嬢に会わせていただくわけには参りませんか?」

 ジュリアがそっとハイランに尋ねた。控えめな様子で、それでも深奥には存在する意思の力を感じさせながら。

「駄目だ」

 ハイランは素っ気無く拒絶した。振り返りも立ち止まりもせずに、扉の向こうへと姿を消した。

 アルトゥールは思わずため息をついた。緊張をほぐすためのため息だ。知らず知らずのうちに、肩と背中に力が入っていたのに気がついた。

 あとを追うべきか。あるいは戦ってでもやめさせるべきなんだろうか。 奴は危険だ。そう思っていたが、ここで戦うのが得策だとも思えなかった。

 ラモーナ子爵令嬢のことも 気になる。

「追い掛けよう」

 アルトゥールはそう言って先に立って歩き出した。足早に、すでにハイランの姿が見えない扉の向こうへ。

「おい待てよ」

 アルトゥールは待たなかった。 そのまま 扉を開けて廊下に出た。 リーシアンの舌打ちが背後から聞こえる。そう、舌打ちするのはリーシアンの方に決まっている。ジュリアはそんなことはしない。

「俺も行く。聖女様もついてきますかね?」

「はい、参ります。できればラモーナ子爵令嬢からお話を聞きたいのです。その方がハイラン殿の言われる弱者なのでしょうから」

「そんな話し合いなんて、しない方が慈悲 かもしれないぞ」

 アルトゥールは振り返らないで言った。

 ジュリアは答えなかった。ただ二人の足音だけは背後から聞こえてくる。アルトゥールもそのまま歩み続けた。ハイランの姿が屋敷の出入り口の扉の向こうに消えるのを見た。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

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