復讐の女神ネフィアル【裁きには代償が必要だ】第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第13話

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 アルトゥールも眼前にメイスをかまえた。それを見たラモーナ子爵令嬢は、再度金切り声を上げ、 それからその場にへたへたとへたり込んだ。

 誰か助けて、と、か弱い声で呼ぶ。目の前にいる従者に対して言ってるのではない。それは明らかだった。

 アルトゥールはその従者に告げた。

「ここは退(ひ)いてください。僕たちが相手にしたいのはこのハイランだけです」

 従者は答えて言った。

「そんなわけにはいきません。私がこの方に依頼したのですから」

 アルトゥールとしては、もうそれ以上彼に退くように言うことはできなかった。ヘンダーランへの復讐を依頼したのなら、彼も連座するべきである。厳格に言えば、そうなる。

  それはネフィアルの法に照らしても、今このジェナーシア共和国を支配する法に照らしても、どちらであっても、である。

「やめて、助けて」

 おろおろして涙を流しながら、ラモーナが懇願した。誰に対する懇願なのかは分からない。

 アルトゥールに対してか、それともハイランに対して、退いてくれるように頼んでいるのだろうか。

 こうなってはアルトゥールも、もはや意を決して冷徹な判断をするしかなかった。ハイランのみならずラモーナを守る従者も、立ち塞がるなら叩き伏せるまでだ。

 生かして役人に突き出すことが出来るならそれでよし、そうでなくても、仕方のないことだ。

 ラモーナが馬車に乗り、その惨劇を見ないでいてくれればよいと思った。しかし彼女はもうすっかり腰を抜かしてしまい、もはや立ち上がることもままならないようである。

 自力で馬車の扉を開けて中へ入ることさえも出来ないのであろう。アルトゥールも手を貸すわけにはいかなかった。目の前にいる敵の二人はラモーナを背後にしていた。それに、手強い相手に見えた。馬車に乗せてやる余裕はない。

「女神の力を」

「女神の力を!」

 ハイランとアルトゥールの気合いの声が響く。二人のメイスに暗赤色の光が宿る。

 ジュリアは悲しげに首を横に振った。それでも身を守るために、彼女もメイスをかまえた。

「お願いです、子爵令嬢をつれてお逃げになってください」

 ジュリアは従者に頼んだ。従者は否(いな)と告げる。

「ここを離れるわけにはいきません」

「いいえ、どうかお願い。あなたも令嬢も、巻き込まれただけです」

 アルトゥールは、さすがにそれは甘いのではないかと思ったが、口に出しては何も言わなかった。

「関係がないわけは無いだろう」

 リーシアンは遠慮なく言う。

「でもお嬢さんは逃げたっていいぜ。そこの召使いもな。このおっさんさえ何とかすりゃいいんだ」

「そうです、お二人は逃げてください。けれど二人とも、二度とこのような真似をしてはいけません」

 アルトゥールはさらに釘を刺した。その必要があったからだ。従者の反応は予想通りだった。彼は叫ぶ。

「あなたには、人の心が無いのですか?!」

 アルトゥールは耐えた。と言うより、この時にはすでに心境を普段とは違う状態にしていた。澄み切った、余計なものの入り込まない心境を。

 人はそれを冷たくて無情だとも言うだろう。だからネフィアル信仰は抑圧されてきたのだし、今でも忌避する人々は少なくはない。

「あなたの思うような人の心はありません」

 そう答えた。

 あなたにとって、都合のいい心は。

 あえてそうまでは言わなかった。

「お嬢様、お嬢様がどんなに……!」

「たとえどんな事情があろうと、復讐を、裁きを願うなら代償は支払ってもらう」

「いやよ、やめてよ、許してよ」

 ラモーナは泣いていた。両手で顔を覆い、指の間から涙がしたたり落ちる。 肩が震(ふる)え、声も小さく震えている。

 アルトゥールは、揺るがされることなく告げる。

「今回は逃げてもかまわないのです。従者と共にお逃げなさい。ただ二度とは許されない。それだけです。それさえ受け入れられないって言うんですか」

「やめてよ!!」

 ラモーナは金切り声をあげた

「やめてください!」

 従者はアルトゥールに向かって怒鳴りつけた。これまではアルトゥールに対して見られた敬意が失せている。

 ハイランと同じように、ネフィアル神官であるからこそ、一定の敬意をラモーナの従者は見せていたのだろう。

  今や、それは完全に消え失せ、明らかな敵意だけがその眼差しに見える。アルトゥールはその眼差しを正面から受け止めた。こうした事は覚悟の上だった。ネフィアル神官になると決めた、その始めの時から。

「いや、やめてよ。お願いよ。嘘でもいいから、私には罪はないって言って」

 アルトゥールは黙った。ラモーナ以外の皆が、それぞれの武器をかまえたまま立ちすくんでいる。

「アルトゥール、言っておあげなさい」

「君が言えばいいだろう、ジュリア。僕は止めはしないよ」

「いいえ、ここはあなたでなくては駄目なの。分かっているでしょう」

「ではハイラン、あなたが言えばいい」

 従者は動いた。短めの護身用の剣をかまえて、アルトゥールに突進してきた。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

ただいま連載中。プロモーションムービーはこちらです。 https://youtu.be/m5nsuCQo1l8 主人公アルトゥールが仕え…

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