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かすみを食べて生きる95:退院、嵐の中へ戻る

脳梗塞 発症3か月と1日目:リハビリ病院3か月目⑪

食事:脳梗塞(ワレンベルグ症候群)の後遺症のため、嚥下ができなくなり訓練中。食事形態はミキサー食からみじん食を経て先々週、3食常食(普通食)にたどり着いた。首を左に向けると飲める。

・状態:歩けるようになってきた。終日、館内フリー歩行自立。きょろきょろすると少しめまいがする。

2か月と11日お世話になったリハビリ病院を今日退院する。
迎えは9時半。
退院当日。

『かすみを食べて生きる 序文と目次』
<発症2か月と31日目:リハビリ病院3か月目⑩
 
発症4か月頃(退院後1か月)>


最後の病院食:朝ごはん#38

病院での食事も最後。

今日もバナナは大きい

献立はこちら。

  • 小松菜と南瓜の炒め

  • 牛乳

  • 食パン

  • ジャム&マーガリン

  • バナナ

  • アイソカル100

ほとんど食べることができない状態で入院して2か月。
発症前とは少し違う形だけど、食べることは戻ってきてくれた。
ここで朝食38食、昼食50食、夕食30食、合計118食をいただいた。
口から食べ物を食べることの喜び。
口から食べ物を食べることの難しさ。
ミキサー食から1食1食、試行錯誤しながらもおいしくいただいた。
今日の所要時間は55分。
ここまでのすべての食事に、ごちそうさまでした。

退院する

8時半に朝食を食べ終わり、退院の迎えは9時半。
昨日荷造りを済ませていたので準備はできている。

そこに管理栄養士の竹中さん(仮)が栄養剤(エンシュアH)を持ってきてくれた。
昨日リハビリ医の四谷先生(仮)と竹中さん(仮)と話をして、退院後は栄養剤なしでも大丈夫だろうという話になった。
今回持って帰る栄養剤は保険。
家に帰ってしんどくなって食べるのが難しくなった時のために処方してもらった。
缶の栄養剤が12本入った重たい紙袋。

お世話になった病室

夫の迎えを待つ間、いつもの自主練のように病棟内を歩き回り、顔見知りに別れの挨拶をした。
夫が来て、台車に荷物を載せて病室を出た。
退院する患者さんを何人も見送ってきたエレベーターに、自分が乗る時が来た。
周囲にいた看護師さんやセラピストさんが見送りに来てくれた。
エレベーターの入口をはさんで眺める、さっきまでいた病棟。
四角い入口からいろんな人が手を振ってくれた。
見送られる側はこんな風景を見ていたのね。
そしてエレベーターの扉が閉まり、私は病棟の患者ではなくなった。

終わりは始まり

下に降りたら、夫が車に荷物を積んでくれている間に入院中のお会計。
最近はカードが使えるからありがたい。

車に乗り込んでまず向かったのはホームセンター。
お風呂でめまいが起きないように、シャワーチェアを買う。
入院中に作業療法士の花井さん(仮)から、退院後家に準備した方がいいものとして教えてもらっていた。
介護用品カタログで探したところ2~3万する。
介護用品、高い。
もしや介護保険が使えたりしないだろうかとソーシャルワーカーさんに相談したところ、私の状態では介護保険は適用外とのことだった。
そして「シャワーチェアならホームセンターで5千円くらいで売ってますよ」と教えてくれた。
確かに3~5千円程度で売っている。
高さ調整ができて、背もたれがあって、手入れがしやすそうなものを選んで買った。
ついでにホームセンターの隣のスーパーで食料調達。
ガリガリ君が安かったので2本買った。

急いで家に帰る。到着は11時半頃。
久しぶりの家は、なかなかの散らかりようだった。
そもそも今持って帰った荷物だけでも6袋ある。
少し片づけをしたら12時過ぎに夫と家を出る。
12時半に子どもがバスで家の近所に帰ってくる。

バス停に着きママ友の皆さんに挨拶をする。
入院中はお見舞いもいただいた。
おかげさまで何とか帰ってきました。

そしてバスが着く。子どもが降りてくる。
帰りのバスから降りてくる子どもが走って飛びついてくるので、それを倒れずに受け止められるようになる、というのは入院中理学療法での目標だった。
私は両手を前に出して片足を一歩引いて臨戦態勢をとった。
アリクイのような私の姿勢を見て、子どもは手加減して降りてきてくれた。
私は倒れることはなかった。
久しぶりで少し照れている。
前に迎えに来た時より、背が伸びている。
それはそうか。3か月の空白があったのだから。
ママ友の一人が、
「ママも子どもちゃんもパパもみんなよく頑張ったね」
といって、家族3人の写真を撮ってくれた。
こうして私は幼児の母親に戻った。

ケアされる側からする側に

家族3人で家に帰り、買ってきておいたネギトロでお昼ごはんにした。
思っていた通り、これは食べやすい。

そして午前休を取っていた夫は仕事にいった。
さっそく子どもと家で二人きり。
「おかあちゃん、おかあちゃん」
と呼ばれまくる。
懐かしい。
ここ3か月こんなに呼ばれ続けることはなかった。
「遊ぼう、遊ぼう、何をする?」
幼児、容赦はない。
ずっとさみしい思いをさせていたのだから、ここは応えねば。
家の中を片づけながら一緒に遊んだ。

夕方には夫が仕事を早めに切り上げて帰ってきてくれた。
その頃には私はぐったりしていた。
夫が夕食を作ってくれた。
夕食途中には私の体力が尽きて、先に寝させてもらった。

ガリガリチャレンジ#19

入院中の楽しみとして水分を飲みこめなかった頃から、ガリガリ君を口に入れて味わいそっと出すという頂き方をして当たりを狙い続けた
入院中に食べた本数は18本。結局当りは出なかった。
今はしっかり食べることができるガリガリ君。

午前中買い物の際に2本買ったので、うち1本を子どもとおやつにカキ氷にして食べることにした。

ガリガリさん19本目

病院でも使っていたガリガリ君専用カキ氷機で、子どもと二人ガリガリとカキ氷を作った。
いざ。

はずれ:その19

当りは出なかったけど、子どもとキャーキャー言いながらガリガリ君を削って食べるのは楽しかった。

その夜。
夫が2本買ったうちのもう1本のガリガリ君を食べていた。
その後、台所の流しを見ると夫が食べ終えた棒がおいてある。

夫が出した当り

ん?え?あぁぁ!!!!!
あたってるーーー!!!!!!!!

私がここまで19本食べて当たらなかった当りを、夫は1本目で当てていた。
私を不憫に思い、すぐには言い出せなかったという。

1/2の確率を、私は当てることができなかった。


ーー振り返って

退院しました。
さっそく嵐の中に戻りました。
子どものいる家は床が散らかります。
片づけは床にあるものを拾って元の場所に戻すの繰り返し。
頭が上下する運動です。
作業療法でもその練習はしていましたが、リハビリ時間では長くても10分程度。
3カ月分の家の散らかりを片づけるとなると、これがいつまでも続きます。
それを子どもと遊びながら合間でやる。
すぐにめまいが起きました。
家での生活、ハード過ぎる。
さっそく夕方にはダウンしました。
疲れすぎると嚥下をする力も弱くなり、夕食はややのどを通りにくい状況となりました。
ゆっくり休めないことはわかっていたけれど、予想以上にヘロヘロになりました。

ガリガリ君、とうとう当りを手に取りました。
私の当りではないけれど。
恐らく私は、今回の発症で嚥下がなんとか回復して家に戻ってくることができたことに運を使い果たしたのではないかと思います。
またこれから徳を積んで、運をためなければならないようです。

こうしてワレンベルグ症候群による嚥下障害などのリハビリ入院3カ月が終わり、嵐の生活が始まりました。




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