【詩】武蔵野線
あなたに、手を引かれて
武蔵野線で、祖母の家に向った
電車は暗いトンネルの中を
轟音を立てて走って行く
暗闇の線路を、スピード上げて
耳を塞がれて聞こえないのに
あなたは、いつも喋っていた
やがて線路は浮上する
トンネルの闇を抜け出して
秘密基地から発射したみたいに
電車は地上に飛び出した
嘘のように静かになって
車内は光につつまれる
宅地を見おろし、畑を見おろし
団地を見わたし、森を見わたし
電車は駆ける、空中の道
滑らかにゆくオレンジ色は
野原を泳ぐステンレスのヘビだ
武蔵野台地の広い地平
パッチワークの畑と宅地
むかしをしのぶ面影は
さがさなければみつからない
取り残された茂みの樹々は
窮屈そうに目を伏せる
似たような家が建ち並び
ビルが無表情に立ちふさがる
やがて、あの駅が近づいてくる
あの頃、何もなかった駅前広場は
せわしい街に変わり果てた
窓から眺めた道のたもと
祖母が愛したあの町並みは
どこに埋もれてしまったのだろう
赤い屋根に、もうまなざしは届かない
武蔵野線に揺られていると
あなたのぬくもりを思い出す
線路をすべる車輪の音色
風を切る車体の唸り
とりとめもなく話しかける
あなたの声が、聞こえてくる
もう、忘れてしまいそうな
あなたの口調に、そっと耳をすましている
祖母があの家に住んだころ
あなたは、まだずっと若かった
電車はいつも、すいていて
車窓はもっと、広かった
あの家の前で眺めてみても
畑の向こうを突っ走る
電車のヘビを見ることはない
軽快な音を聞くこともない
手を振りつづけた、あの道すじは
どこに消えてしまったのか
武蔵野線に揺られていると
あなたのまなざしを思い出す
あきもせず話しかける
あなたの声を、聞こうとする
ずっと、忘れたくない
あなたの口調に、じっと耳をすましている
©2022 Hiroshi Kasumi
お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。