【詩】春のにおい
起こされた田に、水がもどりはじめる
あぜ道が、緑の光を放ちはじめる
ぬくみはじめた日の光
はじけはじめた鳥の叫び
風は、やさしく指にさわる
甘い優しさで手をなでる
草はらが、赤く黄色くまだらに染まり
沈黙していた固い大地が
手を伸ばし、ざわつきはじめる
鳥たちは、土を啄んでいる
いそがしく尾を振り、首を振って
小さな餌食をすくい取る
と、思いついたように翔びたち
一勢に、餌場を変える
目覚めの鼓動が駆け抜けてゆく
汗が、息吹きが
鼻をつく、胸を襲う
こなたの里も、かなたの山も
抑えきれない衝動に
秘めた想いを膨らませている
もう、風が凍てつくことはない
手がかじかむこともない
何を恐れることもなく
何かを危ぶむこともなく
我先にと、背伸びをしている
山をくだり、里を走る風の
うっすらと、たしかな命のほとぼり
幼い日、素肌に浴びた
野生の記憶、懐かしい青春の声
何も知らず、みつめていた
澄んだ瞳の奥底に
隠れていた、疚しい疼き
今はただ、手探りを繰り返す
放ちはじめた野望の気配を
鼻先に予感して
©2023 Hiroshi Kasumi
※昨年の作品
お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。