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【詩】相模川

年老いたあなたにせがまれて
川魚料理の店に集まった
道を外れた森の奥の
川と山を臨む、鄙びた店
三十年ぶりに顔を合わせる三人が
膝を突き合わせ、あなたを囲む

まだ若かった僕たちに
仕事のイロハを教えてくれた
聞き慣れていたあなたの声は
しわがれて、艶を失っているけれど
想い出を語る瞳の色は
あの日のまま、透きとおっている

滔々と流れる相模川
砂利の採取に沸いたむかし
汗を流した日々の話を
とりとめなく、あなたは語る
この店を、帰宅を急ぐ道にみつけて
幾度となく、伴侶を連れてきたという
ここ久しく一人ぼっちのあなたは
さびしげに、目を潤ませる

延々とひろがる水田の青い葉が
真夏の日射しに揺らめいている
用水沿いの一本道を
ダンプの列が、土埃をあげたという
堤防のむこう側、丹沢大山がそびえている
あなたの記憶と違っているのは
虫食いのような開発の成果と
山裾を走る高速道路の曲線模様

みな、あの頃の表情を浮かべ
あの日の口調で語っている、けれど
僕ら三人は、あの頃のあなたの歳を越え
散り散りだった日々を語る
ただひとり、あなただけが
思い出話に終始している

奇跡のような今日の出会いは
過去を偲ぶあなたのおかげだ
相模川は、また思い出になるけれど
語り合う日のあてもなく
あなたの明日はおぼつかない
四人は、いつしか黙りこんで
水面を照らして、山に落ちていく
夕陽のまぶしさを眺めていた

©2023  Hiroshi Kasumi

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加澄ひろし|走る詩人
お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。