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②敵は煩悩寺にありぃッ!



【第二章】カレン住職と猫かわいがり


 お昼。

 午後のお悩み相談。

 ランチを終えての午後イチの御務め。

 四人ぶんの足音が境内に鳴りひびく。本堂と正門をつなぐ参道を歩き、相談者の女性とともに入口に向かう。

 相談を担当したカレンさんとミレイさん、それからあたしも含めた三人でのおくり。参拝者を迎える本堂へのアプローチは長く、女性四人が横並びで歩けるほどの充分な広さ。

 縦に長く横に広い参道。

 道の両脇に植えられたヤシの木が、参拝に訪れた相談者を街へと送り出す。

 特別な空間を演出する大きな参道。ただ歩いてるだけで、おごそかな気持ちになる。身が引き締まるというか、背筋がスッと伸びるというか。世間では味わえない緊張感を覚える。

 もちろん、水着がなければの話だけどね。

「和尚さま。本日はありがとうございました」

 門の手前まで来たところで、相談者の女性がお礼を口にした。

「いいえ、とんでもないことです」とカレンさんが言った。「こちらこそ、何にも代え難い経験をさせて頂きました。また何時でも相談にいらしてくださいね?」

「はいっ」

 相談者の女性の笑顔に釣られるように、カレンさんもまた控えめに笑みを浮かべた。

「道中、お気をつけて。あなたの道が光で照らされますよう」

 胸の前で手を合わせたのちに、カレンさんは軽く会釈をした。

 カレンさんに頭を下げられた相談者の女性もまた、お腹の辺りで自分の両手を重ねてから軽く会釈をした。

 とつぜん始まる会釈合戦。

 仏さまの御前でうやうやしく頭を下げる二人の女性。

 日本人にありがちな頭の下げ合いとは違って、カレンさんと相談者の女性の表情は共に晴れやか。まるでブーゲンビリアのように朗らかな二人の笑顔は、お互いに実りある時間を過ごせたことを物語っている。

 カレンさんを両端から挟み込むように立ち、あたしとミレイさんも両手を合わせて会釈した。

 お互いにペコペコと頭を下げ合う四人の女性。今の気分は赤べこ(註釈:福島県の特産品)。

「さて、戻りましょうか?」

 相談者の女性の後ろ姿が見えなくなったところで、こちらを振り向いたカレンさんが声をかけてきた。

 カレンさんからの声かけに、ミレイさんは頷いて返した。

「そうですね。喜んで頂けたようで何よりでした」

 ミレイさんの後に続いて、あたしもまた口をひらいた。

「次の相談者さまは30分後です」と、あたしは言った。「リモートでの遠隔の相談とのことでしたので、お部屋のほうにパソコンを準備しておきました。いつでも相談者さまと繋げます」

「あらぁ〜、ありがとぉ。いつも手際がよくて助かるわぁ」

 あたしのほうを見つめながら、自分の頬に手を当てるカレンさん。どことなくウットリしたような表情に見えるのは気のせい。多分ね、たぶん。

「恐れ入ります」

「お茶菓子も用意しておきましたよぉ」とミレイさんが言った。「ほら、こないだの。リホちゃんと一緒に街に出かけたときに買ってきたお菓子ですー」

 ぴんっと立てた人差し指を宙で遊ばせながら、ミレイさんが先日のお買い物のことを話し出した。心なしか嬉しそうに見える。

 こと『食』に話がおよぶと、とたん元気になるミレイさん。

「あぁ〜、アレねぇ」とカレンさんが言った。「二人が買ってきてくれたお菓子ね、お客さまからも評判いいのよぉ」

 自分の頬に片手を当てながら、カレンさんが笑みを浮かべる。カレンさんの笑顔に釣られてか、ミレイさんもまた口元に緩ませた。

「わ、嬉しいですっ」

「お抹茶のフィナンシェって、お茶とく合うから好きだわぁ。やめ時が分かんなくって、つい手が伸びちゃうのよねぇ」

「あはは、わかります」とミレイさんが返した。「スイーツって気づいたら半分くらい無くなってますよね。『いつの間に食べたんだろ……?』って思うことありますもん」

 ミレイさんの言葉を受けて、うんうんと頷くカレンさん。肯定もしくは共感を示すジェスチャー。

「わかるわぁ〜。あんまり食べすぎちゃうと、体重計に乗るのが怖くってねぇ……」

「もぉ〜、言わないでくださいよぉ」とミレイさんが言った。「あたし昨日ごはん食べすぎたばっかで……今朝の体重、前より2kgも増えてたんですからぁ〜」

「あらぁ、ごめんなさいね?」

 きゃっきゃと楽しそうに話しながら、本堂へと至る参道を隣り合って歩く二人。

 不満げに頬を膨らませるミレイさん。

 口元を隠すように手を当てて、くすくすと微笑むカレンさん。

 先を行く二人の少し後ろをついて歩きながら、ふと視線を下に落として自分の身体を見るあたし。カレンさんとミレイさん二人の身体つきには遠く及ばず、お世辞にも「グラマー」とは言えない姿が視界に映り込んだ。あたしの心に劣等感の槍がグサッと突き刺さる。ぐさぐさ、ずぶりっ(注:心の槍が刺さる音)

 お二人とも、色っぽいなぁ。

 色気が服を着て歩いてるような雰囲気あるよね。『THE・大人のオンナ』って感じ。

 水着姿だから余計に体型が際立つ。あたし別に幼児体型ってわけじゃないんだけど、お二人の隣に並ぶとイヤでも意識させられちゃう。横並び思考が脳の奥深くに根付いてるはずの女性が少し離れて歩くのは、それなりのワケっていうか劣等感グサグサな理由があってのことなのですよー?

 二人の後ろ姿は、似て非なるもの。

 カレンさんが『完成された美』だとしたら、ミレイさんは『完成間近の美』って感じかなぁ。

 お二人とも美術モデルとか出来ちゃいそう。美大とか予備校とかにお呼ばれして、学生たちの視線を釘付けにできそうだね。お二人の女体美に心奪われちゃって、授業にならない可能性あるかもだけど。天は不平等を与えたもうた。

 あぁ、神よ。

 神さま、仏さま。どうしてなのです。

 あなたは何故あたしに曲線美を与えてくださらなかったのですか。この悩める牝羊めひつじに女性らしい曲線をあたえくださいましっ。

 二人の後ろをついていきながら、頭のなかで不公平を訴えるあたし。

 心の恨み言独り言が止まらない。のんすとっぷ。

 だいぶヤバい女。

「あらぁ、リホちゃん?」

 カレンさんの訝しげな声に誘われて、あたしは頭のなかの独りごとを中断する。

 心配そうな顔を浮かべるカレンさん。

 顔を上げて視線をパッと前に向けると、うれう御顔のカレンさんが視界に入り込んだ。すぐ隣にいるミレイさんもまた、心配そうな表情を浮かべている。

「は、はいっ?」

 あたしが反射的に返事をすると、カレンさんが続いて言葉を返した。

「大丈夫? 今日あんまり元気なぁい?」

「い、いえっ。そんなことは……!」

 こちらの顔を覗き込むようにして、ミレイさんがズイッと顔を寄せてきた。
「静かだから元気ないのかなーって。お仕事が続いて疲れちゃった?」

「いいえっ、大丈夫です!」と、あたしは返した。「あたし、ちっとも疲れてませんっ。まだまだ全然やれます!」

 あたしの言葉を受けて、にこっと笑うミレイさん。

「そっかぁ、よかった〜」

 安心したように微笑むミレイさんを見て、あたしのなけなしの良心がチクリと痛む。うぅ、心が痛いっ。

「次の相談の前に、少し休みましょう」とカレンさんが言った。「まだ時間には少し余裕があるから、ゆっくりお茶でも飲んでリフレッシュ。休むのも仕事のうちだから、ね?」

「は、はい……」

 ふと気づけば、二人とも立ち止まっている。

 少し離れて歩くコチラを気遣ってなのか、二人が真ん中のスペースを空けてくれている。あたしが追いつく待ってくれてるっぽい。

 足を踏み出して二人の隣に並ぶあたし。

 二人に挟まれる形で並んで歩き出すと、ミレイさんが腕をギュッと絡ませてきた。あたしの腕に柔らかな感触が伝う。むぎゅっと。

「リホちゃん、頑張り屋さんだからなぁ〜」とミレイさんが言った。「あんまり無理しちゃダメだからねっ。ちゃあんと休めるときに休まないと『めっ』だよ〜?」

「は、はひぃ……」

 空いたほうの手の人差し指をピンっと立てて、まるで子どもをたしなめるかのようにさとすミレイさん。

 あ、あれれ?

 あたしってば、子ども扱いされてる……?

「そうよぉ、リホちゃん」とカレンさんが言った。「リホちゃんが元気ないと、私までシュンとしちゃうもの。私たちのためと思って、あんまり無理しないで。ね?」

「き、気をつけます。ごめんなさい、ご心配おかけして……」

 あたしの謝罪を受けて、カレンさんが一つ微笑む。

「いいのよぉ、気にしないで。あなたが元気でいてくれたらいいわ」

「はひぃ……」

 女神のような慈悲を持つ女性二人に、両側からサンドイッチされるあたし。とびきりの優しさが、あたしの心を包み込む。

 腕に伝う温もりと柔らかな感触。

 両手に花。意気揚々と腕を絡ませるミレイさんに倣ってか、いつの間にかカレンさんも腕を絡ませてきている。両の手に桜と梅を持つという、たいへん贅沢かつ貴重な体験。

 あぁ〜っ。

 あ、甘やかされてるぅ〜っ。


 あたし、むっちゃ甘やかされちゃってるよぉ〜っ。


 な、何故なのです。

 どうしてなのですか。なぜ美と慈悲は同居し得るのですか。『神は二物にぶつを与えない』のではなくって?

 お二人の背後に後光が差して見えますぅ。それはもう、ガンマ線バーストの発光すらもかすむくらいのまばゆい光ですわぁ。さっき心のなかでブツブツ恨み節を口にしてた自分が恥ずかしいっ!

 あぁ、神よ。

 神さま、仏さま。ごめんなさい。

 先ほどは過ぎた願いを口にして、たいへん申し訳ありませんでした。金輪際もう二度と、先のような願い事は致しませんことを今ここで誓います。

 あたし、心を入れ替えます。

 せめてもの償いとして、馬車馬のように働きますっ。あたしは今から働き馬〜っ!(ひひーんっ!)

 この不肖アテクシめ、これから今まさに都会での新生活を始めるべく上京した田舎育ちの若者のごとく心を入れ替えて御二人への献身的な奉仕を常日頃ずっと念頭に置きながら昼夜を問わず馬車馬のように働きますからぁっ。何卒、ご理解・ご協力のほどよろしくお願い申すっ!

 二人に両サイドから挟まれながら、あたしは本堂へと至る参道を歩く。てくてく、てくてく。

 陽光。

 夏の日差し。

 風にそよぐ草木。

 頭上を見上げれば青い空。

 青空にたなびく白い雲が、やがて陽の光をさえぎる。

 道の両脇で背を伸ばす木々。参道の両端に植えられたヤシの木の根本には、暑い夏を彩るハイビスカスの花が咲いている。

「こないだね、カフェでお茶してたときなんだけど——」

 相変わらず腕を絡ませながら、ミレイさんが楽しそうに話す。あたしは捕えられた宇宙人のような心地で、天井の女神たる御二人に挟まれながら話を聞いた。

 ゆったりとした午後の空気。

 楽しそうに話すミレイさんと、うんうんと相槌を打つカレンさん。三人分の笑い声が静かな境内に溶け出す。

 しばらく道なりに歩いていると、やがて目的地の相談部屋に着いた。

 引き戸を開けて室内に入ると、木の香りが鼻の奥に入り込んだ。あたしの鼻腔びこう白檀ビャクダンのような甘い香りくすぐった。ふがふが、はっくしゅん(※くしゃみの音)。

 外履きを脱いだあとがりかまちをまたぎ、脱いだ靴をタタキの隅っこへと寄せた。

 土間で隣り合う三足の草履ぞうり

 自分が脱いだ靴を隅に寄せるついでに、お二人が脱いだ草履もキチッと揃えておく。

 靴の先端がピシッと揃うように整えてから、あたしは先を行くカレンさんたちの後を追った。二人はあたしが靴を脱ぐのを、玄関ホールで待っててくれた。大変お優しい婦人方なのです。

 待っててくれた二人に追いつくやいなや、あたしは両脇からガシッとホールドされた。逮捕。

 や、確保。

 ただの確保ですから。

 あたし逮捕されるようなことしてませんから。ほ、ホントなんだからねっ?(焦)

 警察に捕まった犯人さながらに、あたしは二人に両腕を取られた。腕を絡まされ、むぎゅっと確保。ちょっと歩きづらい。

 ギシギシと軋む廊下を歩き、あたしたちは居間へと向かう。

 床鳴りがする渡り廊下を抜けると、仏間に仏像が置いてある居間に着いた。ミニサイズの菩薩像がコチラを見つめている。

「お茶すぐに淹れてきますね〜」

 ミレイさんは部屋に着くやいなや、すぐ隣にある休憩所へと向かった。

 すぅーっと部屋の奥へと消えていく背中。両手を合わせて軽く会釈しつつ、あたしはミレイさんに感謝を伝えた。

 キッチンも兼ねた休憩スペース。

 ミレイさんの背中を見送ったあとで、あたしは座卓にあるパソコンを起動した。「うぃーん」という無機質な起動音とともに、横長のディスプレイにロード画面が表示される。

 画面右下の時刻に目を向けるあたし。

「時間的には大丈夫ですね」と、あたしは言った。「先ごろ相談者さまからの連絡も頂いてますから、少しお茶したあとで予定どおり始められそうです」

「そう、ありがとぉ。ほんとう、二人が居てくれて助かるわぁ」

 亜麻色の声に誘われて後ろを振りかえると、視線の先には笑顔を浮かべるカレンさんがいた。

「いえ、そんな。とんでもないことです」と、あたしは返した。「カレンさんを支えるのが、あたしたちの役目ですから。どうぞ遠慮なく何でも仰ってください」

「あらぁ……」

 うっとりしたような笑みを浮かべるカレンさん。まるで、部屋いっぱいに笑顔が溶け出すかのよう。

「ねぇ、リホちゃん?」とカレンさんが言った。「ちょっとコッチいらっしゃい。よしよししてあげる」

「えっ。い、いや、それは……」

 なぜ急に。

 どうして急に「よしよし」を?

 なにかがカレンさんの琴線きんせんに触れたもよう。近くに寄るよう手招きされるあたし。花の蜜に誘われるミツバチの気分。

 い、行っちゃいけないような気がする。

 向こうに行ったが最後、もう戻って来れなさそう。もう二度と現世に帰って来れなさそうな気がしますよー?

「さ、いらっしゃい?」

「は、はひぃ……」

 有無を言わさぬ手招きで呼ばれて、あたしはカレンさんのもとへと向かった。

 恐る恐る近づくあたし。

 パソコンを放置して近くまで寄ると、カレンさんに身体を引き寄せられた。むぎゅっと逮捕。や、確保。

「よしよし、いい子ね〜」

 されるがままに頭を撫でられるあたし。まるでネコの頭を撫でるかのように、あたしの頭をナデナデするカレンさん。

 あぁ〜っ、甘やかされてるぅ〜っ。

 あたし、ま〜た性懲しょうこりもなく甘やかされちゃってるよぉ。カレンさんによるナデナデの餌食にぃ〜っ。

「リホちゃんは良い子ねぇ」とカレンさんが言った。「うんっと甘やかしたくなっちゃうわ〜」

「そ、そうですか。恐縮ですぅ……」

 や、Nowですけど。

 現在進行形で甘やかしてますけど。あたしマジむっちゃ甘やかされちゃってるんですけどー?

 カレンさんに捕獲されたまま、しきりに頭を撫でられるあたし。

 そぉっと頭上を仰ぐと、カレンさんと目が合った。二つのまぁるいガラス玉がコチラを見つめている。あたしはヘビに睨まれたヤドクガエルよろしく、愛おしげな眼差しを向けられて身を固くしてしまう。緊張の電気が身体じゅうを駆けめぐる。びりびり。

 ヤドクガエルって、毒あるんじゃなかった?

「ありがとね、リホちゃん。いつも遅くまで御務おつとめしてくれて」とカレンさんが言った。「朝は誰よりも早く起きて、夜は遅くまで相談対応して。あなたがウチに居てくれて、ほんとうに助かってるのよぉ」

 あたしの心の独り言にも構わず、カレンさんは相変わらずの笑顔。ひとつも邪気を感じさせない微笑みだった。

 まるでペットを愛でるかのように、あたしの頭を撫でるカレンさん。猫かわいっがりされる飼い猫ちゃんの気分なり。ごろごろ、にゃあ〜ん?(※ネコの甘え声)

 そんなにナデナデされたら、あたし頭ハゲちゃうかもですよ?

「い、いえ、そんな……お寺での仕事は全部、あたしの務めですから……」

 あたしの言葉を受けて、くすっと微笑むカレンさん。

「お務めの一環いっかんだったとしてもね、リホちゃんの心遣いが嬉しいのよ」とカレンさんが言った。「あなたが人知れず動いてくれてること、私ちゃあ〜んと知ってるんですからね。『修行』ってだけで出来ることじゃないと思うわぁ」

「お、恐れ入ります……」

 こちら側が恐れ入っているうちに、カレンさんはあたしを抱き寄せた。

「いい子、いい子〜」

「か、カレンさぁん……」

 むぎゅっと抱きしめられたうえで、引き続き頭をナデナデされるあたし。どうもカレンさんの甘やかしスイッチがオンになった御様子。

 あ、あたし子ども扱いされてる……?

 カレンさん、あたしのこと何歳だと思ってるんだろ。ひょっとして、実年齢以上に幼く思われてたり?

 あたしの実年齢とカレンさんの認識年齢の間に、カラウパパさながらのギャップが生じてる可能性あり。目下あたしの眼前にある問題を詳らかにして、お互いの齟齬そごを修正する必要があると思われます。思われません。

 ふと、あたしは床を擦る音に気づいた。

 カレンさんの甘やかしの餌食になっていたところで、あたしの後ろのほうから床を擦る音が聞こえてきた。布生地とフローリングが擦れ合う音。

「あぁ〜っ、リホちゃんってばぁ」とミレイさんが言った。「あたしにナイショでイチャイチャしてるぅ。イケナイんだぁ〜」

 不満そうな声に誘われて後ろを振り返ると、あたしの視線の先にはミレイさんが立っていた。いくつかの湯呑みが置かれたおぼんを両手に携えている。

「いっ……イチャイチャして、ますんっ!」

「あは、どっち?」

 あたしの頓狂とんきょうな声を受けて、ミレイさんは戸惑いの表情を見せた。「そりゃそうでしょ」って感じだけど。

 ミレイさんは座卓の前で腰を下ろし、湯呑ゆのみが乗ったおぼんを卓上に置いた。ことん、と。

「カレンさんの好きな抹茶、まだ少し残ってましたよー」

 各人の前にお茶を置きつつ、ミレイさんが口をひらいた。

「食器棚の上から二番目の棚に置いてあるので、次の休憩のときにでも召し上がってくださいね〜」

「あらぁ〜、ありがとぉ」とカレンさんが返した。「プレーンは買ってきて直ぐ売れちゃったわねぇ。みんなベーシックな味が好きなのかしらぁ?」

 あたしをぬいぐるみのように抱きながら、カレンさんが不思議がるようなトーンで言った。そろそろ解放してくださってもよろしいのではー?

「あはは、かもですね」とミレイさんが言った。「アールグレイとかも好きですけど、いちばん手が伸びるのはプレーンかも。わたしの友だちは『黒糖しか愛せないっ』って言ってましたけど」

「あらぁ、そうなの。舌も南国の味覚なのかしらね?」

 こくこくと頷いて、肯定を示すミレイさん。赤べこ。

「ですですぅ。高校のときから、ずっとなんですよ〜」とミレイさんが言った。「あ、その友だちミッコなんですけど。ほら、こないだウチに差し入れしに来てくれた呉服屋ごふくやの娘さんです。あたしより少し背が低いくらいの」

 水平にした自分の手をこめかみの横に添えて、ご友人の身長をジェスチャーで示すミレイさん。目算するに160cm弱くらいの高さ。多分ね、たぶん。

「あぁ〜、あの子ね。以前も『甘いもの好き』って言ってたものね?」

「そうなんですよぉ。あの子カヌレ買うときも黒糖味こくとうあじ一択で——」

 お喋りに花を咲かせる、ミレイさんとカレンさん。二人分の話し声が昼下がりの寺院内に溶け出す。

 以前として囚われの身のあたし。

 飼い主に抱きかかえられるペットのような心地。あたしはカレンさんの腕の中で、二人のお喋りに耳を傾けていた。


 内心、クッパ城で囚われの身となったピーチ姫のような気分になりながら。

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