富山県は本当に「『寿司』と言えば富山」になれるか? vol.4
前回までの連載(noteの過去記事をご参照ください)で私は、富山県が「『寿司』と言えば富山になるぞ!」と宣言したことに私がいろいろ考えを巡らせ、まずは富山の寿司屋を巡ってみようと思ったこと、そして富山県はキトキトの魚を旨い酢飯に乗せて〆に食べる「呑み寿司」という独自の文化があるのではないかという仮説を提示し、2泊3日で6軒の寿司屋を回ったこと。その結果、インバウンドのフーディー(食いしん坊)たちが寿司の標準だと思っている「新しい寿司」も富山で成長しつつあることも確信した。
ならば、このふたつの潮流をうまく進化させれば、富山を寿司県に導くことができるのではないか。そんなことを思っていたときに私は、10月13日から2泊3日で行われた富山県成長戦略カンファレンス「しあわせる。富山」のセッションで『「寿司と言えば、富山」地方ブランドは本当に作れるのか?』に登壇することになったのである。
私の登壇するセッションは2日目だったが、メディアが入る「知事プレゼンテーション」でいきなり新田八朗県知事から「寿司といえば富山」のブランディング戦略を紹介され、10年かけて県外の認知度を90%にすることや、寿司職人を養成する学校をつくるなど今後の展望が話されたのにびっくり! そんな大プロジェクトになっていたのか。
私はその後の個別セッション『「寿司と言えば富山」地方ブランドは本当に作れるのか』に登壇。寿司ブランディングを提案したプランナーの高木新平さん、釣り女子の中川めぐみさんと3人で75分間かけて「寿司と言えば富山県」を根付かせる方法を熱く語りあった。
私は前述のように、富山の寿司は伝統的な「呑み寿司」と「新しい寿司」の2系統があり、富山に根付いている呑み寿司は素晴らしい文化だが、これを大上段に掲げて広めるにはブランド力が少し弱い。いっぽう、「新しい寿司」とはフーディーたちが考える日本の寿司の標準であり、いまや「世界標準」となっている。この寿司も富山には少しずつ増えているが、まだ少ない。これをもっと増やせば世界中から寿司好きはやってくるだろう。そして彼らが「世界標準」の寿司だけではなく、呑み寿司文化も体験し、その奥深さに感銘を受ければ富山の寿司文化は世界中に広がり、「寿司と言えば富山」は可能になるのではないかと話した。
高木さんも中川さんもその方向性に得心してくださった。そして、ではどうやって寿司県にするのか、という具体的議論になった。寿司学校に外国人も呼び入れようという話や、富山の魚を使っている東京のミシュラン寿司職人を寿司学校に呼んで講義してもらい、帰りにはポップアップしてもらおうなど、さまざまな議論が飛び交い、とても楽しくセッションは終わったと私は感じた。私が「高級寿司は金沢が強いし」と言ったら「金沢の寿司のネタは富山が多いから、やっぱり富山でしょう」なんて話もあって、ものすごく盛り上がったのである。
そのなかで出た議論のひとつにます寿司があった。
ます寿司こそは富山が誇り、他県にはない寿司文化なのだから、これをもっと広めようじゃないかという話になったのだ。実はさきほどの2泊3日の寿司旅行の中に私はます寿司食べ比べも旅程のひとつに忍び込ませていた。
というのは私が最近定宿にしている「ホテルJALシティ富山」は朝食がビュッフェだけではなく、「ます寿し食べ比べ膳」があることを知っていたからだ。富山市内にある老舗ます寿し屋さん13店が加盟している「富山ます寿司協同組合」のます寿しを8種食べ比べる事が出来るオプションなのだが、支配人の山崎規嗣さんに私の意図を話したところ、その日に調達できた12種類全部を食べ比べさせてもらえたのである。
ます寿司は元来、富山・神通川を遡上するサクラマスを使用するとされていたが、いまや天然のサクラマスは貴重なため、海外や北海道の鱒を使ったもののほうが多い。さらに言えば、県外に住む人にとってます寿司といえば「源」というブランドしかないと思っているはず。富山駅でも圧倒的に多いし、東京で見るます寿司も「源」のものがほとんど。だが、富山県内には数十種類のます寿司があるといわれている。だが、家庭内手工業のものがほとんどで、富山にいても予約をして店まで行かないと買えないものがとても多い。
それを12種類、ひと口ずつ食べ比べられる経験はとても貴重なものだった。12種類の内訳は、青山総本舗、元祖関野屋、高田屋、元祖せきの屋、ますのすし千歳、吉田屋鱒寿し本舗、川上鱒寿し店、高芳、今井商店、なかの屋、味の笹義、ますのすし本舗 源。組合には「前留」という店も入っているが、支配人によると、少数精鋭なため販路拡大が困難で、本企画には残念ながら不参加だが、取りに行けば購入はできるという。
酢飯の甘さ、酸っぱさ、ますの魚種や厚さ、一体感などは12種類、ほんとうにさまざまでひとつとして同じように感じたものはなかった。ネタも天然物のサクラマスを使用したものから北欧産のものまであり、どれが好きかは好みによるのだが、天然のサクラマスは淡白で現代の日本人の味覚の特徴である脂っこいものを旨いと感じる性向には合わないように思った。
朝食のあとに山崎支配人と話したところ、私にとっては酢飯が甘すぎると思ったます寿司が子供には一番人気だったこともわかり、本当に好き好きだなと思った。その日のランチはさすがに寿司はやめてホルモンうどん、夜は「SOTO」だったが、翌朝は予約をしていた「扇一(おぎいち)」のます寿司を購入し、東京に戻った。
扇一は協同組合に入っていないので食べ比べにはノミネートされていなかったが、事前に富山好き何人かに聞き、ネットでも検索したところ、一番評判が高います寿司屋のひとつで、私が取りにいったときもすでに電話予約で完売だった。
帰宅して夜に少し味見をし、翌朝も食べたが、ネタに厚みがあって酢飯とのバランスもいい。私にとっては、12種類の食べ比べでも上位にランキングされるます寿司だった。
今回は富山市内のます寿司しか食べられなかったが、市内だけでもまだまだ食べたいます寿司はある。しかも、富山県内の各都市にもさまざまな種類のます寿司があるというし、最大手の源本社には「ますのすしミュージアム」があって、手作り体験や工場見学もできるらしい。
そう考えると、「世界標準寿司」(前回の「新しい寿司」あらため)で世界中から富山にフーディーを集め、「呑み寿司」や「ます寿司」で富山の寿司文化の層の厚さを知ってもっと好きになってもらい、深夜の「〆寿司」文化まで楽しんでもらえば完璧だよね。
次回からは、世界標準寿司、呑み寿司、ます寿司、ときどき〆寿司で富山中を歩くことにしようと確信したのである。
まだまだ続く、富山寿司の旅。
★ホテル JALシティ富山
★扇一ます寿し本舗
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