ACL断裂の世界にきて
「単刀直入にいうと、前十字靭帯は完全に断裂しています。」
1ミリも疑っていなかった診断結果に、素っ頓狂な声をあげることしかできなかった。
競技復活を目指すのであれば手術の道しかないと、あれよあれよという間に話が進むうちに襲ってくる激しい目眩と吐き気。
その日は幸いなことに、非常勤の先生による診察だったため、詳しいことは翌日のチームドクターによる再診察時にということですぐに解放された。
絶対に自分は崩すまいと腹の底から力を振り絞って診察室を出たとき、ようやく意識が俯瞰から現実に戻ってきて、翌日の再診断が勝負やと、そこからは頭の中でひたすら思考を凝らす。
走り書きで残しておいた受傷状況や直後の状態、トレーナーから貰った言葉まで、ありとあらゆる情報を一旦書き起こし、考えられる可能性を質問としてまとめる。
そもそも断裂という診断が覆ることはないのか?元々切れていた可能性は?オペではなく保存でいけないのか?
議論のきっかけを生むために、論文を探しては単語をピックアップし、翌日の再診察に備えた。
結果として、前十字靭帯完全断裂という結果が覆ることはなく、MRIでの状況からも競技復帰には手術一択というのがドクターからの言葉だった。
ここまできてしまったら、まず普通ならオペの日取りなどの調整に入ると思うが、そこはさすが往生際の悪い自分である。
あくまで手術回避の道で進めたいと、やるだけやって駄目なら先生に泣きつきにきますとだけ伝えて帰宅してきた。
なぜ、そこまで手術を回避する保存療法にこだわるのか。
それは手術によって自分の感覚が変わってしまうことで、今まで積み重ねてきたものを表現できなくなるリスクを最後まで避けたいから。
2017年、ブンデス2年目のオファーを蹴って帰国してから、自身の身体と向き合う旅は始まった。
感覚的にはかなり鈍感な分類で、身体の使い方はデタラメ、海外で闘い続けた遺産としての筋肉量がある分、なお厄介極まりなかった。
様々な形でインプットを得て、自分の殻に閉じこもって身体の感覚と向き合い続ける作業をひたすら繰り返すこと約5年。
本格的な変化を感じ始めたのは、ちょうど昨年のホーム愛媛戦で逆転弾を決めた頃。
リーグ終わりのタイミングで、エネルギー回路を切り替える目的で糖質制限を行ったが、体重減少に伴う思わぬ副産物として、身体操作の感覚が日に日に研ぎ澄まされていった。
皇后杯・東洋大戦、前田大然選手のようだとサポさんから言われた前プレのパフォーマンスは、この時の実験なくしてありえないものだった。
そして迎えた今年、2023シーズン。
身体とは本当に不思議でおもしろいもので、手をかければかけるほど素直になっていくようで、本能的なものを思い出しては教えてくれる。
時には試合直前のアップ中、また時にはうとうとしかけた真夜中。
身体の気付きというものはいつも突然、閃きの如く舞い降りてきて、あっという間にパフォーマンスを押し上げてくれる。
この身体の変化は良くも悪くもで、今年の開幕戦はキックオフ直前のギリギリまで身体の調整が間に合わず、ゴールまでの道のりを逆算して臨むことができなかったこともあった。
そうやって身体と向き合い続ける中で、張りやコリをとって筋肉を緩めてあげると頭の中の動作イメージと実際の動作のズレが抑えられるということに気付いた。
またある日には、サプリメントの微妙な成分量の差に悩んで手に取った際、一つのものに明らかに身体が反応するのがわかった。
これに関しては本当に不思議なのだけど、その日からはなにをどれくらい食べるべきみたいなことが、食品を手に取るだけで身体が教えてくれるようになった。
そして、つい最近では手で骨を押して元の位置に戻したりと、骨格から身体のアライメントを治せるようになった。
口にするものを気をつけたり、日々のケアによって筋肉の質が向上したことで、骨格の制限がかなり緩んだことが理由だと思う。
骨格からいじれるようになった最大のメリットは、動きの再現性が格段に上がることで、これができるようになった翌日のトレーニングマッチでは出場わずか3分でゴールを決めた。
とりあえずやってみよーの精神で駆け抜けてきたこの5年。
本当にいつか壁を乗り越えることができる日がくるのか、疑心暗鬼になることもあったけど、心躍る一流選手たちのプレーに自身を重ね、またやってみよーを繰り返してきた。
ミリ単位のずれが気になって修正するところまできて、自分のことを形容するとき、アスリートというよりはアーティストや表現者という言葉の方がしっくりくる。
そんな自分だからこそ、やれるという確信を得たいま、元の感覚に戻れる保証がない手術という道を簡単に選ぶことはできない。
だって、表現するものがなくなった先でプレーし続けること以上に虚しいことはないと思ってしまうから。
だから、まずは保存の道で完全復帰を目指す。
やるとことまでやってみて、それでもし手術なしでの競技復帰が無理だとなれば、その時はドクターに伝えたように手術をお願いしにいく。
でもそれは、最後に今の仲間たちと一緒にプレーをしてからやめるためだけになるだろうから、パッとプレーしてスパッとスパイクは脱ぐつもり。
こうやって書くと、まるで悲劇の主人公みたいな物語に聞こえてしまうけど、自分には少年誌的なお調子者キャラのが似合うし、今回の件は神様がくれたプレゼントだと感じてる。
最近書き上げたキャリアのエンディングまでを描いたストーリーを繋ぐ、すごく大事なピース。
今回の受傷の衝撃でビックバンが発生して、突如別世界に来てしまったかのような気持ちだったが、そのずっと前から、今シーズンもずっと膝には謎の痺れやROM制限、そしてとってもとりきれない歪みを左半身全体に感じ続けてきた。
もっと遡れば、アメリカ滞在時、プロトライアウト目前のタイミングで半年間原因不明で曲がらなくなったのも同じ左膝。
今回の復活劇のためには、今までなんとなくで野放しとしてきた謎を解くこと、自身のイメージに潜む固定概念をぶち壊して新たにつくりあげることなど、恐らく典型的なリハビリと比べて遥かに多くの、これまでの過去を精算していく工程が必要となる。
デザインスプリント的な、協力してくれる人たちにも多大なコミットを要するこのクエストだが、幸いなことに、早くも名乗りをあげてくれる仲間がいるあたり、やっぱこっちの世界の自分の人生もスーパーイージーモードなんやなと。
腹は決まってるので、取り返しのつかない大失敗にだけは気をつけながら、あとは今まで通り。
とりあえずやってみよー。
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