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なりすましの走馬灯|怪談未満|三好愛

★本連載の書籍化が決定しました(2022年6月24日付記)

 デザイン事務所で働いてたとき、よく行くごはんやさんがありました。初老のきれいなおばあさんが一人で切り盛りしているお店で、入ったらまず千円を払います。千円を払ったら、お盆と複数に仕切られたお皿を受け取ります。ビュッフェ形式で、カウンターにのっている大皿に入った数種のおかずを好きなだけとっていくスタイルです。最初にその日の主役みたいな一品の、鳥の唐揚げとか魚の煮付けとか、そういうのがあって、残りは鶏肉とジャガイモをいためたやつとか、白滝にたらこをあえたやつとか、きゅうりとトマトのサラダとか、そういうやつです。サラダのドレッシングは、中華風とか、フレンチとか、いろいろな種類のものが瓶ごとポンポンと置いてあって、好きなものを自由にかけることができます。ごはんとお味噌汁も、大きい炊飯器と大きい鍋から自分でよそいます。おばあさんは厨房で料理をつくりつづけているので、大きい炊飯器に入っているごはんと大きい鍋に入っているお味噌汁が少なくなって、次のお客さんがよそう分がなくなりそうになったら、そろそろ少なくなってますよ、と朗らかなタイプのお客さんがおばあさんに声をかけます。そんなお店でした。

 その日の主役のおかずは、豚肉をくるくる巻いたカツでした。私はカツをふたつトングで取ってお皿にのせて、順番に残りの副菜もよそってゆきました。みんながお盆を持って、大皿にのっているカツを自分のお皿にうつしていくあいだ、おばあさんはカツをずっと揚げていました。揚げ物は揚げたてのものをお客さんに渡したいというのがそのお店のモットーなので、おばあさんはちょっとずつカツを揚げ、ちょっとずつ大皿に補充します。席についておしぼりで手をふいて、お味噌汁を少しすすったら、私はおかずをカツから食べはじめました。一口目でハッとしましたが、カツの中に髪の毛が入っていました。口に入ってしまった髪の毛の端を、つーと外界へ引っ張り出してみると、口の中で、豚肉の巻かれたものが、くるくるとほどけました。豚肉に巻きこまれている髪の毛も一緒にくるくるとほどけて、もっと引き出されてきました。おばあさんは、今、白髪混じりの長い髪の毛をひとまとめにして、せっせと豚肉の巻かれたものを、揚げていました。

 あのおばあさんの髪の毛が今私の口の中にあるんだ、と思うと少し恍惚としてしまいました。おばあさんは、とても色っぽく歳をとっている人で、私は、どういう経緯で一人でごはんやさんを切り盛りしているのか、いらぬ推測をすることがよくありました。昔は一世を風靡したシャンソン歌手だったけど喉をいためてからは潔く引退して今は家庭料理を都会に住む若い人に振る舞うことが人生の喜びになっている、とか、ちょっと前まで大物政治家の愛人だったんだけど政治家が暗殺されて以来生きる気力をなくしてしまって、生前買ってもらったこの土地で、家庭料理の腕を糧につつましくお店をはじめた、とか、なんか、そういうことをいろいろ想像したくなるおばあさんでした。

 おばあさんの髪の毛を口からつーと引き出すあいだ、私は忙しく立ち働く実際のおばあさんを視界にいれながら、やはり自然とおばあさんのことを考えました。おばあさんの料理は近場に勤めるたくさんの人に好かれていて、みんな本物の自分のお母さんみたいにおばあさんのことを慕っていました。今も満員のこのお店で、髪の毛が入っていることをおばあさんに言ったら、間違いなくお店の雰囲気は悪くなるでしょう。この長い髪の毛は、みんなが愛するおばあさんの美しい髪の毛で、出どころ不明の異物混入などではないのです。このあいだお店に入ったときは、おばあさんの手がちょうど濡れていて、私が千円を差し出すと、ちょっと待ってね、とおばあさんはエプロンでいそいそと手を拭いていました。別の日に一万円しかなくて一万円札を出したときは、一ミリくらい迷惑そうな顔をしましたが、お釣りのお札を何枚もきちんと数えるその指先は細くて長くてきれいでした。おかずで秋刀魚が出て、ご馳走様をした同僚のワタナベさんがお皿を返却したときに、いつもは、ありがとうございます、しか言わないおばあさんが、ワタナベさんの秋刀魚の骨を見て、「あらきれいに食べたわねえ」とほめていて、私ももっときれいに魚を食べておばあさんにほめられたい、と思いました。そのお店では、お味噌汁をすくうおたまを鍋に入れっぱなしにするとおたまが熱くなっちゃうので、おたま立てに立てるのが暗黙のルールだったんだけど、私はいつもおたま立てにおたまを立てることを忘れてしまうので、おばあさんに何度か「おたま、すみませんね」と穏やかに注意をされました。

 そんなおばあさんの髪の毛が、私の口の中に入っていました。そこには、あの素晴らしいおばあさんがこんなにしっかり食べ物の中に髪の毛をいれてしまっていた、ということを私だけが知っている、という妙な優越感と、でもまあ食べ物に髪の毛はちょっとなあ、という生理的な不快感が両方存在していました。豚肉にきれいに巻かれていた長い髪の毛は、まだ口から出つづけていて、髪の毛が入っていたことなんて気にしたくないのに、と思えば思うほど、舌の細かいでこぼこのあいだをするどくつたう感触は明確になりました。くるくると豚肉から髪の毛が出てくる速度と、おばあさんとの思い出がよみがえる速度がかさなって、走馬灯のことはよく知らないけどまるで走馬灯みたいでした。自分がいつか死ぬときに、本当の走馬灯と間違えて、おばあさんのことを思い出したらいやだなあ、と思いました。

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著者:三好愛(みよし・あい)
イラストレーター。東京都在住。装画と挿絵を数多く手がける。主な仕事に伊藤亜紗『どもる体』、藤野可織『私は幽霊を見ない』、川上弘美『某』、深爪『立て板に泥水』、高橋源一郎『誰にも相談できません』、宮部みゆき『魂手形 三島屋変調百物語七之続』。クリープハイプのツアーグッズ・ビジュアルデザインなども手がける。初の著書『ざらざらをさわる』(晶文社)は「キノベス!2021」15位にランクイン。

短期連載「怪談未満」について
妖怪や幽霊が登場しなくとも、私たちの日常には、「あれっていったい何だったんだろう」と思えるような体験、ざらざらした感触だけが残るような出来事が起こります。私たちはそのたびに「なんだか納得いかないなあ」なんてことを思いつつも、いつも通りの生活に戻ります。でも、起きてしまったことにいちいち立ち止まり、目を凝らしてみたときに何が見えるのか。日常と非日常の境界にあえてとどまってみたときに何が起きるのか……。イラストレーターの三好愛さんがつむぐ言葉をてがかりに、日常にひそむ不可思議を再発見する新感覚モヤモヤ・エッセイ。全6回の短期連載です。


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