背理法に勇気づけられる。やっぱり又吉さんてすごい
NHKの「ヘウレーカ」を見ていたら、背理法の話が出てきた。学生時代、数学で習ったなぁとぼんやり見ていたのだけど、ピースの又吉さんが、背理法に勇気づけれる。ってコメントをした。勇気づけられる? 背理法に?
背理法というのは、まず答えを一度否定する。その否定した答えの証明が成り立たないことで、答えが正しいということを証明する方法。番組内では、プリンを食べたか問題で説明していた。
又吉さんには、お姉さんがいる。お姉さんが又吉さんに「私のプリンを食べたんじゃないか?」と問い詰める。食べてないのだけど、一度食べたとすると仮定する。食べたとしたら、又吉さんは劇場の出番までに、お姉さんの家まで行き、食べて、劇場に戻っていることを証明しなければならない。でも、お姉さんの家と又吉さんの家は離れているし、又吉さんが劇場に出ていることは、他の人によって証言されている。長距離を移動し、お姉さんのプリンを食べ、劇場に出るには、又吉さんが2人いない限り不可能。矛盾がおきる。だから、又吉さんはプリンを食べてない!と証明できる。という話だった。
ここで、背理法についてフムフムと終わるところを又吉さんは、勇気づけられると言ったのだった。
又吉さんは、締切が複数あり、でも人に会う予定もある。あの人にもお礼を言わなければ、などたくさんの予定が詰まってしまうと、何も手がつかなくなる時があるそうだ。そこで背理法。一度、全部の予定を終わらせることは無理と仮定する。でも、2時間あればこれはできる。あれも2時間あればできる。一番ややこしい仕事も数日あればできる。という感じで、やっていくと、終わらせられない仕事はないということになる。全部の仕事を終わらすことはできるが証明できる。というのだ。確かに……
勇気づけられる。自分のことにあてはめてみた。
私は作家になりたい。でも、なれるわけないって思っている。作家になれるということを背理法を使って証明する。まず否定。作家になれないとする。毎月応募し続ければ、文章力が少しずつ磨かれてしまう。何十年も書いていれば、ネタがドンドン蓄積し、その中のいくつかは、他の誰も書いていないネタを見つけることもある。70代に入ると筆力が円熟の域に達し、レアなネタと合わさって、一気に開花、そして私は、85歳で作家になってしまう。作家になれないということは、否定された!
又吉さん、背理法を勇気と結びつけちゃうなんて、 着眼点が違う。
勇気をもらったら、私も85歳の自分の文章読んでみたくなってきた。