見出し画像

アニマルウェルフェアはみんなの利益になる〜ペットパーク通信寄稿

◆殺処分ゼロの美談のウラ側~過密収容施設での咬傷死亡事故



  犬猫の殺処分問題と行政の役割などについて少し考えてみたいと思います。 今年夏のある日、動 物愛護・啓発活動 に取り組んでいる 知り合いから「茨城県動物指導センターで犬がかみ殺される事故が起きた」という連絡をもらいました。
 
 そんな事故が数年前に広島の動物愛護団体のシェルタ ーでも発生したことがあったなあと思いながら話を聞いてみると、やはりここも行政の収容施設での「殺処分」を ゼロにしたいという目標が、いつしか強迫観念のようになって無理が生じ、事故につながったようでした。

  早速、茨城県笠間市にある指導センターに問い合わせ、 事実関係を確認しました。

 ――犬同士の咬傷事故による死亡事故は事実でしょう か?

 「事実です」

 ――本年 4 月以降月末時点での犬収容頭数と収容可能な 施設の状況は?

 「行政文書開示請求いただく内容のため、この場ではお 答えいたしかねます」

  相手も身構えています。後日、指導センターを訪ねたと ころ、成犬 180 頭余り、子犬 20 頭程度で犬があわせて 200 頭程度いることを知りました。昨年春に転勤してきた職員によると、この 1 年あまりで倍近くに増えたということで した。  

  犬猫殺処分頭数が 2005 年から 8 年連続ワーストだった 茨城県は 2016 年に「殺処分ゼロを目指す条例」を制定し、 2021 年に譲渡に向かない犬も含めて殺処分ゼロを達成し ました。

  しかし、その美談のウラで収容施設は増え続ける犬で過密になり、群れに属さない仲間外れの犬が襲われて死んでしまう事故が起きたというわけです。

  茨城県動物指導センターが収容している成犬(2022 年 10 月 27 日時点、163 頭)のうち 78 頭は譲渡適性を調べる収容 時の一次判定で「否」とされていました。「否」とされた犬 の殺処分(安楽死)を見送るのは簡単でも里親探しは難航します。

  結果としてセンターに居残る犬の数がどんどん増えま すが、収容スペースには限りがあり、相性の悪い犬を同じ 犬房に入れればケンカが起きたり、集団リンチが起きたり します。茨城のケースは起こるべくして起きた事故だとい えるでしょう。

  職員の手で安楽死させられるのと、犬の仲間からかみ殺 されるのとどちらがいいのか、悪いのか、私には犬の気持 ちを代弁することはできません。しかし、たまたま事故死するものがいても「みんな殺処分されるよりはマシだろう」と考えたりするのは間違いだと私は思います。

  人間の判断で「生かす」と決めたのなら犬たちからの期待を裏切らないよう安全な環境を整えてあげなければな りません。茨城県はどうもその点を軽く考えているようです。

◆置き場を変えるだけでは問題は解決しない


 
  いまから 8 年も前になりますが、広島県は殺処分をゼロにした場合のコストを試算したことがあります。
 収容頭数 がピークを迎えるときには年間18 億円の経費がかかると いう内容でした。

  試算は1頭当たりの飼育コストを犬は7万 8 千円、猫は 5 万円と仮定しました。年間3千頭収容する犬や猫を終生飼養に回すと、その経費はおよそ 1億8千万円です。

 犬猫の収容ペースが変わらず、寿命も収容後 10 年生きるとすれば、10 年後には10 倍の18 億円もの経費がかかります。

  犬だけで 3 千頭前後を収容している広島の NPO は「ふるさと納税」などで年間10 億円以上をシェルター運営や譲 渡活動に投じてます。広島県の試算も過大見積もりだと笑いとばすわけにもいかないかもしれないのです。
 
 それだけの資金がされるのなら、むしろ早い段階から野良犬・野良猫の捕獲や不妊去勢を徹底的に行い、繁殖のもとを断つことを優先したほうがよいはずです。その点が不首尾に終わると、殺処分ゼロが実現したように見えても毎年たくさんの子犬や子猫が再生産されて、繁殖→捕獲→収容→隔離(または殺処分)の繰り返しに終止符を打つことができません。

 広島県は「民間シェルターへの移し替えによる殺処分ゼ ロは根本的な問題解決になっていない」と考えていて、殺処分ゼロよりも収容ゼロを目標として掲げたりしていま した。

  殺処分ゼロという言葉の定義もあやふやになりがちで、 環境省はわざわざ動物愛護センターなどでの犬猫の死亡 を 3 つに区分(譲渡に向かない個体の殺処分、譲渡適性の ある個体の殺処分、引き取り後の死亡)して、譲渡に向か ない個体まで殺処分から救おうとすると無理が生じる場 合があると注意喚起しています。

 2021年に犬の殺処分ゼロを実現した茨城県動物指導セ ンターで今年、咬傷死亡事故が起きたのは決して偶然では ないのです。動物にも苦痛が大きかったはずで動物福祉(アニマルウェルフェア)の観点からも大変問題だと私は 思いました。

◆「殺処分」を生む元凶はだれなのだろう?


 「保護団体の多くは、ペット流通の過程で生み出された 殺処分という社会問題を解決するため、経済的利益ではなく公益を追求して活動している。両方に同じ基準を適用す ることには疑問がある」

  2020 年秋、環境省が議論を進めていた犬猫の飼養管理基 準(数値規制)に関して行なわれたパブリックコメントの 中にそんな意見がありました。 

 わかりやすく言い換えれば、行政による犬猫の殺処分の 原因は「もうけ第一のペット流通にある」とし、業者が放 り出す不幸な犬猫を殺処分から救い出す動物愛護団体を ペット業者と数値規制の中で同列に扱わないで欲しい、という意見です。

 犬猫の殺処分はペット流通に問題があるから?

 その指摘は正しいのでしょうか?以前にも紹介しましたが、ペットフード協会の調査(犬猫飼育実態調査 2021 年版)では猫の入手先で最も多いのは 「野良猫を拾った」(36%)、次は「友人/知人からもらった」 (27%)です。「ペットショップからの購入」はわずか 16%に過ぎません。

 猫の殺処分がペット業界の流通に起因するという見方をとるのはまず困難でしょう。
 
 同じ調査で犬の入手先をみると、「ペットショップから の購入」(53%)、「業者のブリーダー」(12%)、「友人/知人 のブリーダー」(10%)などとなっています。猫とは対照的 にペット業者から飼い主のもとに届けられるケースが大半です。

  しかし、動物愛護センターや保健所に収容されている犬の状況をみると、野良犬(野犬化したものを含む)や雑種がほとんどです。ペットショップなどが販売した犬はあまり行政の収容施設に引き取られていません。

◆収容犬の大半は「雑種」「野良」という現実



 現場のデータをみると、もっとハッキリわかります。広島県動物愛護センターの保護・引き取りの内訳(2021 年度)は、犬 1101 頭のうち「野良犬」が 1028 頭(93%) で、猫 293 頭のうち「野良猫」が 115 頭(39%)、「飼い主 が放棄」が 165 頭(56%)でした。胸元にツキノワグマの ような模様がある「向島犬」など野犬化した犬同士で血統 が固まり、ユニークな特色を持つ群れもいます。

  収容頭数が大幅に増加している茨城県動物指導センタ ーでも殺処分を免れて里親が決まるのを待つ犬たちはほ とんどが雑種犬です。茨城県動物指導センターが収容して いる成犬の一覧(2022年 10月27日時点、163 頭)を調べてみたところ、犬種がはっきりしているのは4頭のみでした。

  販売する犬の多くは純血種で、飼い主が手放す場合も里親が見つかりやすいので、行政の施設に収容されることは 少ないようです。

 ブリーダーやペットショップによる「ミ ックス犬」の繁殖・流通も増えていますが、「ミックス犬」 は異なる純血種を掛け合わせていて、双方の特徴を残した ものが多く、広島や茨城の行政の収容施設でみかける「雑種犬」とは大きく異なります。

  過去にペットショップが売れ残りの犬猫を保健所に引 き取ってもらった時代がありました。
 
 しかし、終生飼養責任が問われるようになって業者からの引き取り拒否はも ちろん、個人飼い主からの要望もやむを得ない事情がない 場合は却下される時代です。殺処分はペット業界に責任が あるという主張は、ずいぶん昔の印象に引きずられた間違 った指摘ではないでしょうか?

 野良犬、野良猫の存在を考えるとき、飼うつもりもない のにエサを与え、繁殖させたりする人の責任は大きいでし ょう。過酷な運命にさらされる犬や猫にとっても迷惑かも しれません。猟期終了とともにハンターが純血種でも無登録の猟犬を山に置き去りにしてしまう地域もあるようで す。

「ペット業者が殺処分のもとを生み出している」という 決めつける前に、データなどで事実を確かめてみる必要が あります。


◆環境省、パブリックコメントをつまみ食い?


 環境省には犬猫の置かれた環境をだれよりも詳しく、正確 につかんだうえで政策を立案する立場であって欲しいと 思います。しかし、数値規制の導入の経過を振り返ると、「ペット流通が殺処分の元凶」のような動物愛護団体の主張の誤りに気が付いていてもあえて飲み込んで、愛護団体 を味方につけたふしがうかがえます。

 同省の集計によると、2年前の数値規制に関するパブコメ に参加した人の数は、電子書式によるものが 3065 人、郵送 書式によるものが 2 万 5947 人です。たいていの人は複数の 論点について意見を出していますから、意見数は延べ16 万 超に上りました。

 同省はこれらの意見を飼養施設の構造、員数規制、繁殖 制限など 8 つの項目に仕分けし、似たような意見は項目ご とに 23~53 種類の意見として集約しました。それを 72 ペ ージの資料に整理し、2020 年 12 月の中央環境審議会動物 愛護部会に提出しました。

  冒頭の「保護団体はペット流通の過程で生み出された殺 処分という社会問題を解決するために活動している」とい うコメントは、8項目のうち「その他の意見(登録基準に 関する意見、経過措置に関する意見を含む)」の中の1つに 過ぎません。しかし、その意見だけでちょうど1ページ分を占めてい ました。破格の扱いです。

 内容は要約すると「第2種の保 護団体には 3 年程度の移行期間を設け、段階的に進める」 というものでしたが、環境省が設定した経過措置は最長 4 年間(2年猶予の後、段階適用し、さらにその 2 年後に完 全実施)なので「満額以上」の回答です。

◆審議会の議論より国会議員を利用したロビー活動が効き目


 
 背景には動物行政にも影響力を及ぼし得る有力な政治家の口利きがあったと私は推測しています。国会議員から の紹介で環境省幹部と数値規制、特に第2種の譲渡団体に 対する優遇措置について話し合いを持ったあるNPOと のやり取りに関する行政文書を開示請求したところ、その 話し合いに関わりのある文書として公開されたのがパブ リックコメントに提出されたこの意見書だったからです。 開示された意見書の内容は環境省審議会の資料でも一字 一句漏らさず原文通りに紹介されていました。

  中央環境審議会動物愛護部会では、数値規制の適用に関 してはその内容や時期についけることがないようにとい う意見が複数の委員から出されていました。それにもかか わらず環境省は「数値規制によりペット業界が抱えきれな くなった犬猫を放り出し、そのあとに愛護団体が引き取って救う」という理屈を立てて、第 2 種への適用を第 1 種よ り1年遅らせる案を譲らず、押し通しました。

  パブリックコメントに応じて意見を出すだけでは効き 目がなく、政治家を利用したロビー活動が政策を決めているのに違いありません。

  しかも、その証拠ははっきりとした形では残らず、愛護 団体への経過措置の優遇という予想もしないような政策 立案過程の検証を困難なものにしています。動物愛護行政 にはこの密室での取り決めが結構多いように見受けられ ます。

 政策の立案過程が不透明で、規制の影響を受ける当 事者たちが十分に納得できない場合、規制は狙い通りの効 果を収めることが難しくなるのではないでしょうか。

          ◇        ◇        ◇
 
  10 月、鹿児島県霧島市で開かれた全国和牛能力共進会(全共)を取材してきました。5 年に 1 回しか開催しないの は、和牛の改良には時間がかかるからですが、10 年前の長 崎、5 年前の仙台の大会と比べても牛の健康や健康な肉へ の関心が高まっていることを実感しました。

 全国から集ま った生産者の話を聞いてみても、牛の放し飼いを試みた り、霜降りより赤身がおいしい和牛を育てることを模索す る人が増えていました。
 
 最後は食用として肉になる牛と、死ぬまでパートナーと して一緒に暮らす犬や猫とでは、人間の接し方も異なりま すが、細かな比較はともかく、犬猫の繁殖、販売に携わる 皆さんにもぜひ一度、家畜市場での子牛の競りの様子とペ ットオークションの様子を見比べてみて欲しいと思います。

  1 頭ずつ生産者が子牛を引いて会場に連れて、購買者の 値付け結果が表示されるのを待つ緊張と予想以上の値段 が付いたときに喜ぶ様子。農家がいかに牛を大切に育てて いるかがわかり、見ていて飽きません。

  動物を扱うことを生業とする皆さんには、アニマル・ウ ェルフェア(動物福祉)のプロであって欲しいと願ってい ます。その第一歩が動物を家族のように愛し、大切に扱う ことだろうと思います。アニマル・ウェルフェアへの配慮 なくしてビジネスのチャンスもやってこないと考えてお いてもいいくらいです。プロの力を行政や動物愛護活動に 関わっている人たちにも見せつけて欲しいのです。

経済ジャーナリスト
樫原弘志(かしはらひろし)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?