雪の層 / 末埼鳩
空き地に雪が積もっていた。まっさらな雪の表面は柔らかく、細かな結晶の重なりが銀の糸のようにきらきらして見えた。私はその雪へ、背中から倒れこんだ。怖がらずまっすぐ倒れると人型に雪がへこむ。両手両足をワイパーのように動かすと、人型だったへこみが袖と裾の広がった天使のような形に変わる。私は晴れ渡る空を見上げながらそうやって天使をつくり、そのへこみの中でぼうっとしていた。ふと、圧縮された雪が崩れていくようなくぐもった音が耳元で鳴った。私は天使型の穴を通って雪の下へと沈んでいった。
強くつむっていた目を開けると先ほどと同じ薄水色に晴れた空が広がっていた。気配を感じて首を反らすと、私と同じく雪の上に仰向けに寝そべって空を見上げている少女の横顔があった。
(りんちゃん。)
私は、声に出さずに名前を呼んだ。彼女は、小学校で一番仲の良い友達で、きっと向こうもそう思っている。真っ白な雪に広がるつやつやの黒髪がきれいだなと私は思う。
「虹!」
と、りんちゃんは声を上げた。真冬の空に太陽が白く光り、その周りに虹が円を描いていた。
「ほんとだ!」
私も叫び、その不思議な虹に見入った。現象の珍しさや名前については知らなかったけれど、大好きな友達と一緒に美しいものを見ているということが私の胸をじんわりと満たした。
「私、今のこと忘れない気がする。多分ずっと覚えてる。」
「うん。私もそう思う。」
私たちは、子供らしい大げさな物言いでこの偶然に感じ入っていた。この時は、いずれ会えなくなるなんて思いもしなかった。そう、これは過去のことなのだ。
はっきりと気付いた瞬間、また体が沈んでいった。りんちゃんの声は聞こえなくなり、空は高く狭くなった。それは、ひどい眠気の中に絡めとられていく感覚によく似ていた。
袖が濡れた感触に私は慌てて飛び起きた。手の温もりで溶け出した雪が袖を濡らしたらしかった。緩んだ寒気の中、積もった雪はざらめ状で、表面はカリカリと固い。春が来る、と私は思った。立ち上がって歩き出した私の身長は120センチかそこらで、カラフルな冬用つなぎを着ているようだった。袖口から紐で繋がれた手袋がぷらぷらと揺れている。空き地を抜けて道路へ出ると路肩に積み上げられた雪山が縮んで黒くなっていた。公園の植え込みに積もった雪には点々と穴があいていて、そこから黄色や緑の植物の芽が伸びている。なんて健気で可愛らしいんだろう。私は嬉しくてたまらない。甲高い鳴き声がして見上げると青い空の高いところを渡り鳥の群れが横切っていく。
「お母さん、できた!」
隣から聞こえた声にはっとした。見ると、娘が手足をバタバタさせて天使の形を作っていた。
「なるべくその形を壊さないように上手く起き上がるんだよ。」
私はそう教えてさっさと立ち上がったが、娘は起き上がれず体をくねらせている。私は、イモムシのようなその姿をひとしきり笑ってから、両手を引いて起こしてやった。カラフルな冬用つなぎを着た幼い娘は満足げに、自分が作った天使の形を見つめている。私はふかふかの手袋の中にある小さな手の形を確かめるようにして、少しだけ強く握った。