序文 幽霊たちの国

目に映らないほど美しい子供がいました。
子供が鏡の中に自分を発見すると自我は醜くなっていきました。
醜い自我は鏡の中に未来を見ようとしました。
それは計算と論理による占いに過ぎませんでした。

頭の中に満たされた未来へと進みながら自我は
世界と区別されるように自分自身を括弧で括ってしまいました。
彼は軽蔑している群衆の視線に裁かれるように自ら身を投げ出していたのです。

退屈が視界にひびを入れて<私>は鏡を割りました。
躁鬱の砂浜に立てたビーチパラソルと透明な血液で汚れた包帯、
それらを外部記憶の瓶に詰めて夏の夜に隠しました。
<私>は自分自身を誘拐して見たこともない場所に連れて行きました。
死が<私>を諦めて<私>はまた目を覚ましました。
言葉にはならない子供がそこにいました。


鏡は幽霊たちの国です。見えるものは存在しませんでした。
そこに映るのは依存先としての過去と占いに過ぎない未来で、
それらはぜんぶ蝶の羽ばたきで崩壊する病気だったのです。

『傘と包帯』の内側に隠れている美しい子供にぼくは出会いたい。
模倣の掟に縛られた鏡の中の微睡みの生から強烈に目覚めたい。

現実は鋭い贈与です。永久に解けない問題です。笑いながら出る涙です。
矛盾の融合炉に飛び込んだ後で、自殺的に我に返ることをおすすめします。


2017.08 早乙女まぶた