正午 / 小林

出発も、ましてや到着もしたことがないのだから、ぼくは迷子になったことがない。道に迷うことはなんとたやすいのだろう。ぼくは、ただ目の前の路地よりさらなる裏路地へと分け入ってゆけばよい。これは遡行か、でなければすえた悪臭を好む狂人か? 何にせよぼくが、順序通りにくたばることは明白だ。

あるいはぼくはこの街を去ろう。だが最寄り駅前交差点、前のシャッター街にてすでに舌先はひどく痙攣し始める。耳をふさげどもむしろ先の丸まった笑い声。ともすればぼくも笑い、笑えばやがてそこに呆気なくぶっ倒れるぼくの身体。あるいは、
そこは、ぼくの部屋?
知ったことか。
ぼくは迷子になったことがない。思い返せばそこはつねに正午の真下だった。だからこの街の海岸に潮汐がない理由。ぼくの靴擦れに痛みのない理由、ああそういえば自動販売機のそばに十円が転がっていたので。秘密の話といえばそのくらいだ。

今日、良いお天気ですね。風がふわふわと心地よいので、砂上に剝がれ落ちて人知れず朽ちた墓標。一体どこまで、ぼくはぼく自身の影に引き摺られてゆくのだろう。乾燥した唇のひび割れるよりずっと迅速に、であれば耳鳴りはどこへ付け入ってくる? 警告とは、その通過と同時に息絶えた今朝の、おぼろげな遅延だ。

やあ、と言うべきか。決して歪むはずのないきみの寝室には、それとも、
窓があるのか。
目を伏せてもつねに正午は洩れ行って来る。一体どこから? ぼくは不機嫌だ。体調が悪いです。日々は、良好と言って良いです。