ウ / ひのはらみめい

練馬区で中古のセダンが
大きなウシガエルを轢き殺した
財布に入れていたはずの落ち葉がどうしても見つからずに交番に行っている間に
事件は起きた
ウシガエルは山田くんのもので
患った肝臓から代謝できなかった暗い過去がこぼれ出ていたのですぐにわかった
名前がついていたはずだが
どんな名前だったかは覚えていない
山田くんは結婚してインドに行ってしまい
ウシガエルだけが練馬区で一人暮らしをしていたから
せいぜい手紙のやりとりがあるかないかだった
山田くんもウシガエルのほうも、近所では有名なけちなので電話なんかはしなかったみたいだ
いつも寂しがっていた

走馬灯のようにかけめぐるウシガエルの思い出
ビリルビンが足りないから白っぽくてあまりはっきりとは見えないが
丁寧に像を結び
道路に記憶をなすりつけているのがわかった

気管切開をしたキリンは誰よりも速く走り
ウシガエルのはみ出した心の中を走る
苦い思い出をなめるにつれ舌の色が変わっていったが
それは正しいヘモグロビン色だった

キリンだけではない
人間の良心によってやさしくて残酷な形に変えられた動物たちが次々とウシガエルの心臓から飛び出してくるのだ
そして語るのだ
ウシガエルがとうに忘れたセダンのナンバーではなく
ありもしないような、あった気がするような思い出を

それらを辿って
ウシガエルのシを書いた
ウシガエルのウはどこに行ってしまったのか
ウはウシガエルのウなのか
ウミウシのウなのか
宇宙のウなのか
離れた目と目の間に挟まったつながりだけをたよりに辿り
いま、この場所に導かれた